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続・迷ったら月に聞け5~道  作者:
人世の道
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維明の対は、奥とは並んで別棟になっていて、小さな宮といった感じの場所だった。皇子でありながら、こんなに大きな対を与えられているのかと、龍の力をまたここで箔翔は感じた。

そこの大きな扉を入って回廊を抜けると、また正面に扉があって、そこを入ると侍女達が出迎えた。

「お帰りなさいませ、維明様。王妃様がお待ちでございまする。」

維明は、頷いた。

「鷹の宮の皇子、箔翔殿を連れて参った。」

侍女達は、箔翔に深々と頭を下げた。

「はい。では、王妃様にはいかが致しましょうか。」

維明は、歩き出した。

「我が話す。」と、箔翔を見た。「こちらよ。」

箔翔は、世話役さえ侍女ではなく侍従ばかりで育ったので、これほどたくさんの侍女が居ることに慣れなかった。しかし、そのためらいを気取られないようにと慌てて維明について歩いた。

維明は、さらに奥へと歩いた。それについて行きながら、最初に入ったところは応接間の一つであったのだと分かった。幾つかの部屋の前を通り過ぎて、やっと奥へと到着すると、維明は慣れたようにその戸を気で開けると、中へと入った。そして、言った。

「母上、今戻りました。」

箔翔は、維明の後について入りながら、その背の向こうに見えた人影を覗いた。そこには、黒髪に鳶色の瞳の、それは若い女が立っていた。

「お帰りなさい、維明。着物を幾つか選んでおいたの…」と、後ろの箔翔に気付いて、目を輝かせた。「まあ!まあまあ…もしかして、箔炎様の?」

箔翔は、固くなりながら頭を下げた。人の女には慣れていても、女神には慣れていない。

「はい、箔翔と申します。」

維明が、進み出て言った。

「我の母、月の維月ぞ。今は主も知っておるあの気の乱れのせいで、影響を防ぐために気を遮断する膜を掛けておるから、珍しい気を主に見せてやることが出来ぬがの。」

維月は、微笑んで箔翔を見た。

「手伝ってくれるのだと、維心様から聞いておるわ。世話を掛けますが、よろしくね。」

箔翔は、その名に覚えがあった…維月。父が、よく口にした名。主が、維月の子であったならと、何度言っていたことか。しかし、龍王が身に飲み込むようにして守っているのだと言っていた。これが、その女か。確かに、胸に龍王の石と呼ばれる、深い青い色の稀少な石のペンダントを着けている。神世でも滅多に見る事のない石で、龍族の王が代々これと同じ色の瞳なので、龍王の石と呼ばれて献上された物だった。つまりは、これを身に付ける事が出来るのは、龍王妃だけだった。

しかし、確かに美しいとはいえ、神世にはもっと美しい女もたくさん居る。なぜに、父上も龍王も、この女一人にそのように…。

箔翔が黙っているので、維月が困ったように維明を見た。維明は、肩をすくめて見せた。

「母上、我は父上から、箔翔殿は箔炎殿に育てられたので、女に関して固いようだと聞いておりまする。なので、母上にも慣れぬのでしょう。」

維月は、ふっと息をついた。

「そうね。突然に話し掛けたりして、悪かったわ。」と、気を取り直したようで、側の並べられた着物を手に取った。「さ、維明。月の宮へ着て参る着物を選ぼうと思って待っておったのよ。どれがいいかしら。あちらには将維も居るし、維心様と将維と被らない色目でないとね。あなた達、そっくりだから。皆が間違えて仕方がないでしょう。」

維明は、困ったように維月を見た。

「我は何でも。母上の良いように。」

それでも、甲冑の紐を解きながら維明は言った。維月は、頷いた。

「では、悩んでおったけれど、この紫に銀糸のにしましょう。維心様は深い青、将維は深緑なのよ。」と、箔翔の方を見た。「箔翔殿は、これはどう?」

維月が箔翔に差し出したのは、白いがほんのり緑の光沢のある、金糸で刺繍されたそれは美しい着物だった。箔翔は金髪に、中心が緑がかった金色の目。箔炎が金髪金目なのに比べて、少し雰囲気は違っていた。

「ですが…お世話を掛けるわけには。」

箔翔は、間違いなく高級品を前に、しり込みした。父もそれなりの職人を抱えているので、自分も良い着物を着てはいるが、それでも龍の仕立ては一級品だったからだ。

維明が、手を振った。

「良いではないか。これから手間を掛けるのはこちらなのだ。」と、紫の着物に腕を通した。「これで良いでしょうか。」

維月は、微笑んだ。

「良いわね。では、あちらで襦袢も変えて着替えていらっしゃい。ああ、箔翔殿、あなたも維明と一緒に。」

箔翔はためらったが、ぐいぐいと押されて維明と共に、脇の部屋へと入れられた。箔翔が真新しい着物を手に呆然としていると、維明は襦袢を脱ぎながらくっくと笑った。

「いつもあのようなのよ。慣れねばの。母というても、元は人であった月であるから、普通の神の女とは違うのだ。さ、主も着替えよ。月の宮へ参る準備をしておかねば、父上達は行くと言うたらすぐに出るゆえ。遅れたら機嫌を悪くされるからの。」

それを聞いて、箔翔も慌てて今着ている着物を脱ぎに掛かった。神世…面倒も多いが、それでも自分にはこれも新しい経験ぞ。


月の宮は、大きく美しい建物だった。

今まで、潜むように建てられた鷹の宮しか神の宮を知らなかった箔翔にとって、そこはまさに別世界だった。龍の宮も大きく美しいが、こちらは新しい上にまた違った形をしている。訓練場が宮とは別に、大きなコロシアムような形になってあって、そこもまた珍しかった。

王の蒼がそこへ降り立つと、迎えに出て来た重臣筆頭の翔馬が膝を付いた。

「王、お帰りなさいませ。全てお知らせ頂きました通りに伝え、準備しておりまする。」

すると、横に立つ裕馬が言った。裕馬は、人の頃からの蒼の友人で、碧黎の力で仙人になり、こうして神世に住んでいるのだと聞いていた。

「蒼、言われた通り資料は揃えて置いたが、詳しいことまではオレには皆目分からない。涼なら理解出来るかと思ったが、もう少し時間を掛けないと分からないと言っていた。」

涼は、蒼の妹だ。人の頃は、外科医をしていた。蒼は、苦笑した。

「そりゃ、涼だって万能じゃないよ。」そう言いながら、後ろを振り返った。「では皆さん、会合の間へ。」

蒼はそう言うと、裕馬と並んで歩き出した。それに、維心は維月の手を引いて、炎嘉はその横に、そして箔炎はその後ろ、箔炎の後ろには箔翔と維明が並んでついて歩いた。更に後ろを、翔馬がついて来る。ぞろぞろと歩いて行く間、蒼は裕馬に言った。

「学校じゃ、最近の人世を把握してるんだろ?」

裕馬は頷いた。

「そりゃあそうだ。ずっと教えて来た訳だからな。こっちが人世を把握していなかったら、神世との違いを教えられないだろうが。お前にも、定期的に報告してただろうが。」

蒼は、顔をしかめた。

「そりゃ聞いてたよ。でも、実際に行って聞いた訳じゃないし、忙しくてそんなこともしてられないしさ。でも、ここ数百年の変わり様は理解してるつもりだ。」

裕馬は頷いた。

「良かった。今回は、オレも行った方がいいってことだな?」

蒼は、ため息をついた。

「ああ、ごめん。行ってもらわないと、他の神が右往左往するかもしれないと思う。心配なのは、裕馬には気で術を使えないってことだ。」と、会合の間の前にたどり着いて、気で戸を開けた。「何かあった時、裕馬だけ飛んだり消えたり出来ないだろう。困ったことになるかもしれない。」

中へと入って行きながら、維心が口を挟んだ。

「少し練習して参った方がいいかもしれぬ。何しろ、もしも何かあった時、せめて飛べぬと困るのではないか。皆飛ぶのだからの。」

蒼は、正面の席に座る。維心もその横に、そして維月、炎嘉、箔炎、箔翔、維明と輪になるように座った。裕馬は、蒼の反対側の隣りに座って言った。

「飛べぬ訳ではないのです、維心様。」裕馬は、フッと息をついた。「短時間であるなら、大丈夫です。さすがに飛べないと、ここでは暮らしづらいので、李関に教わっていくらかは。しかし、気が神より少ないので、それほど長い時間は飛べないだけで。」

そこに、聞きなれた声が割り込んだ。

「裕馬には、オレがついてりゃ大丈夫だろう。」

蒼は、顔を上げて見た。

「十六夜!良かった、来ないかと思ったよ。座ってくれ。」

十六夜は、裕馬の横に座って、見慣れない箔翔を見て目を細めた。

「お、それが蒼が昨日オレに話してた人世に留学してたっていう神か。」

蒼は頷いて、箔翔を見た。

「箔翔殿、これが陽の月の、十六夜だ。人型を取ってるだろう。維月と、対の月なんだ。」

箔翔は、月が実体化している現実にただただ驚いて軽く頭を下げた。大きな気…間違いなく、これは月だ。自分が見上げた月に、これの気配がある時があった。

十六夜は、蒼を見て話題を変えた。

「裕馬はオレが何とかするさ。それより、人世には誰が行くことになった?維心は、何かあった時のために残ってたほうがいい。行ってもこんな無愛想な人はあんまりいねぇし、警戒されてもな。人に見えるやつでないと。」

維心が、不機嫌に十六夜を見た。

「何が無愛想ぞ。人らしく外見を変えて参れば良いではないか。維月と二人で買い物に行ったりしておるのに。」

維月は、横で苦笑した。背が高いしあまりに綺麗な顔なので、目立って仕方がないのだ。なので、今生では転生してから買い物には行っていなかった。

「維心、しかし十六夜の言う通りよ。」炎嘉が、横から言った。「龍王が宮をあまり離れるべきではない。前世の主を思い出してみよ。我に引きこもりの王と言われても、ほとんど宮から出なんだくせに。つまりは、やはり地の王は神世をそうそう離れるべきではない。」

維心は、炎嘉を見た。

「そのようなことを!己は行くのであろうが!」

炎嘉は、首を振った。

「いいや。此度は行かぬ。」それを聞いた皆が、一斉に炎嘉を見た。炎嘉は逆にそれに驚いたような顔をした。「何ぞ。神の王が、人世に降りるのは良うない。我らには、抑えても湧き上がるこの気がある。少なからずこの気を感じ取る人が居るのは、分かっておることであるし、最近では気そのものを計る機械まで作り出しておると聞く。変な好奇心で、我らを調べようとするやもしれぬし、そうなると碧黎どころではなくなろう。此度は、王ではない者が行くべきぞ。」

裕馬が、それを聞いて頷いた。

「炎嘉様のおっしゃる通りです。」今度は、皆が一斉に裕馬を見た。裕馬は続けた。「最近の計器は、神の気も何らかの磁気のように解釈して、その強さを計ります。神が見えなくても、その磁気が流れるのをモニターで見て、超常現象だなどとまことしやかに言われている。そんな磁気研究所などに行ったら、地磁気ではなく、王達の気に興味を持つこともありえます。王達が行くのは、良くない。」

蒼が、裕馬を見た。

「それは、オレも?」

裕馬は、首をかしげた。

「それが蒼、お前ってまだそれ人の体だろう?だから、人から見えないように消さないと見える。神は反対だ。人から見えるように見せないと見えない。そのせいなのか何なのか、人の体から湧き上がる磁気ってのは、オブラートに包まれているように感知できないみたいなんだ。」

「神は複雑であるからの。」維心が、口を開いた。「物質として存在していると言って、完全な物質ではない。人が言うところのの。おそらく人が、まだ発見していないもので構成されておるのが、我ら神なのだろう。人から見たら、それもエネルギーの一種のように見えるやもしれぬ。」

炎嘉が、頷いた。

「なので、我らの子を人は産めぬのだ。産めば死する。違う存在であるから。」と、ため息をついた。「では、ここに居る者達では無理か。維月とて、もう人の体を使ってはおらぬ。維明も箔翔も生まれながらの神であるし。しかも、王の血筋。到底無理ぞ。」

維明と箔翔は、顔を見合わせた。箔翔が、皆を見て言った。

「しかし…我が居らねば、恐らくあちらでは困るでしょう。それに、我はずっとそんなことを調べておる研究室に居ったのに、気がどうのなど言われたこともない。確かに、気を計測する機械があった。しかし、遊戯で順番に調べた時も、我の番になって…」箔翔は、その時のことを思い出した。「…そう、確か少し変わった気を発している、と言われたぐらいだった。そんなに、大きな気として計測はされなんだが。確かに、自分の気がバレてはいけないと気を隠そうとはしたが。」

炎嘉は、顔をしかめた。

「どういうことぞ、裕馬?」

裕馬は、慌てて手を振った。

「いや、オレに言われても!本当に詳しいことは知らないのです。しかし、神の気は計測されるはずなのですが。」

炎嘉は、苛々したように言った。

「何を言うておる。誰が見ても、箔翔は鷹。見よ、この箔炎と似た気を。それなのに、計測されぬと。」

裕馬が困って必死に手元の資料をめくっていると、箔炎が、深いため息をついた。炎嘉が、特に驚いた風でもない箔炎を振り返って、言った。

「なんだ?主、理由が分かるか。」

箔炎は、またため息をついて、頷いた。

「ああ。箔翔が、人の女が産んだ子であるからよ。」

「え…」蒼は、絶句して箔翔を見た。「ええ?!人との間の子?!」

一同が仰天して言葉を失っている前で、箔翔は箔炎をじっと見つめていた。

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