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12月11日 第二回 開廷

  ざわざわざ。


 ざわざわざわざわざわ。


 ざわざわざわざわざわざわざわざわ……


 果たして、前回の裁判のときここまで傍聴席は賑わっていただろうか?


 法廷入りした僕が出くわしたのは、前回の法廷のときとは明らかに異なる一種独特な物々しい雰囲気であった。


 前回の裁判のときも確かに傍聴席は人で埋め尽くされていた。だが、そのときはどちらかといえば殺人事件に興味がある法廷マニアか、もしくは社会事件に関心のあるジャーナリストなどがたまたま興味本位でやってきたので覗いてみたといった雰囲気であった。


 だが、今回の法廷にはそれよりももっと異様な熱気に支配されていた。


 ――注目されている?


 僕がここ数日事件の調査に乗り出している間に一体何があったのだろう?


 その答えは被告が入廷したときにすぐにわかった。


 扉が開く。その奥からは紛う事なき美少女にして今回の事件の被告、クラウディア・ラインラントの姿があった。


 数日見なかっただけなのに、最後に会ったのが随分昔のように感じられた。そして改めて見て思う。


 ――この子はやはり只者ではない。


 黒い髪をなびかせ、凛とした眼差しを真っ直ぐ前方に向け、両手で大切そうに聖剣を握り締めながら、クラウディアは堂々とした態度で被告席についた。


 もう彼女に手錠はされていない。一切の拘束具のない彼女はやけに落ち着いた所作で椅子に座る。ピンと背筋を伸ばした状態で、ただ剣だけは膝の上に置いたまま、周囲のあらゆる好奇の視線を一身にまとっているその姿は犯罪者というよりもっと……


 ――勇者、か?


 どうかしている。


 僕は、かなりどうかしている。



 ここに勇者なんていない。いるのは被告と裁判官と検事と……そして弁護士だけだ。


 ……そうか。傍聴席にいる連中は、クラウディアを見に来たんだ。


 ようやくその考えに思いが至った。


 基本的に裁判の傍聴では写真の撮影が禁じられている。法廷内の様子は専門の法廷画家が描いたスケッチブックだけが頼りになる。


 カメラマン代わりだな。


 傍聴席を見渡しながらそう思った。


 本来、裁判の法廷画家は一人だけだ。書記なんかと違ってあくまで裁判の様子を描くだけだから画家は一人いれば十分。


 だが、今日の法廷には少なくとも10人以上の画家がいた。それぞれが別の角度からクラウディアを凝視し、つま先まで描こうと躍起になっているように思えた。


 有罪ならば――冷酷非道な美少女殺人鬼の出来上がりだ。

 無罪ならば――奇跡の大逆転、勝利の女神が微笑んだ、で見出しは決まりだな。


 注目されているのだ。たとえ裁判を傍聴できなくてもその記録は誰でも閲覧可能だから、ここにいる傍聴人は既に裁判の内容は頭に入っているのだろう。


 第一級殺人と絶世の美少女。


 抜群の組み合わせじゃないか。これは大したスクープだぜ、くそったれが。


「あの、弁護士さん」


 被告席と弁護士席は近い、というよりほとんど隣で、僕とクラウディアとの距離はそれほど離れていない。クラウディアはこちらを振り向き、まじまじと視線を送ってきた。


「あの、体大丈夫ですか?」


「へ?あ、ああ、大丈夫だよ」


「そうですか?なんだか以前お会いした時よりやつれている気がしますけど?」


 僕は思わず自分の頬に触れてみた。


 ――そういえば、ここ数日まともに寝てないな。


 しっかりしろ!


 僕は思わず自分の頬をビンタした。少し力を入れすぎたせか、パンという激しい音が法廷中に響いた。


「大丈夫だ。君の弁護に支障はない」


 碧眼の瞳をパチパチと瞬かせたクラウディアはどこか不安そうな顔をしていた。


「本当だっつうの。信用しろよ」


「……信用、してますよ」


 クラウディアは剣をギュッと握り締め、胸元に寄せた。


「ただ、怖いだけです」


 クラウディアは目を伏せ、背筋を曲げて下を向いた。すると黒い髪がさらりと落ちて、彼女の表情がよく見えなくなる。


「私、この世界についていろいろ教えてもらいました」


「へえ、誰に?」


「あの、拘置所にいた女囚の方に」


 ……変なことを教わっていなければいいのだが。


「私よりもずっと年上の人とか、年下の人とか、いろんな人とお話をしました。皆いろいろな生い立ちを背負って、ちょっと不幸そうだけど、どこか前向きな人たちばかりでした」


 ……女囚がか?それはそれで問題があるな。


 僕はいろいろと突っ込みを入れたかったのだが、なんだか真剣な話をしているようなので、なんとか突っ込みの衝動をぐっと抑え込んだ。


「でも皆、死ぬのは怖いみたいです」


 クラウディアはポツリと呟いた。


「死ぬのが怖くて、嫌で、なんとかそれだけは避けたくて、とても必死そうに見えました」


 ――必死に助かろうとしていました。


「皆が皆、死刑判決を受けるほどの重罪を犯しているわけでもないのに、どうしてそれほど恐れるのか、私には最初、まったくわかりませんでした」


 ――でも、昨日気がつきました、とクラウディアが言う。


「社会から忘れられてしまうことは、生きていないんです。死んでいるんです。あの塀の中にいることは、死んでいるのと同じなんです」


 ――私は、死んでいたんです。


「死んでる?」

 僕は疑問に思ったことを口にした。


「そうです。私は、いないのと同じでした。だって、誰も私が生きていることを知らないのだから……あの森の中で暮らしてきた18年間は生きていなかったんです。死んでいたんです」


 ――だから、すごく辛かった。そして嬉しかった。


「私は、魔王を殺したかったわけじゃなかったんです。本当は魔王なんてどうでもよかった。ただ私がここにいることを誰かに知って欲しかっただけなんです」


「……そうか」


「でも、やっぱりあんなことはするべきじゃなかったんです。私は、もっと生きたいです。もう、死にたくありません。私は、我が儘な人間だと思いますか?」


「思うよ」僕は即答した。そして続けていった。「子供だから、もっと我が儘になれよ」


「え?」


「え?じゃねえよ!」


 あまりにも呆けた顔をしていたので、僕はクラウディアの背中をバチンッと叩いた。


「きゃんッ!」


「気合入れろ。もっとやる気出せ。もっと我儘になれ。自分の正当な権利を主張しろ。お前は人間だ。誰もお前の行動を縛り付けることはできない。罪を犯したのなら受け入れろ。そうでないなら断固抗議だ。他人なんか気にすんな。君の援護は僕に任せろ」


 ――僕は弁護のプロだ任せとけと最後に言うと、クラウディアは片手を後ろにやって背中を摩りながら、「うん。お願いします!」と笑顔を浮かべた。


 僕らがいるのとは反対側の扉が開いた。


 検察事務官が最初に扉から現れた。続いてヒールの音を奏でながらケイトリン・シェーファー検事が登場する。


 もはや法廷の花形スターだな、と彼女が登場したときの傍聴席の賑わいを見て思った。


 終始無言、検察側の席についたあとも押し黙るケイトはただ瞼を閉じ、両腕を組んだ状態でただ上を向いているだけだった。


 あいつは、全力でクラウディアを有罪にしにやってくる。


 こちらはそれに受けて立つだけだ。


 やがて書記官が二人、そしてシルクの法服をまとった裁判長が席に着席した。


 カンッ!裁判長は木槌を鳴らした。法廷は一挙に静かになり、そして一度コホンと咳きをしてから、裁判長が言う。


「それでは審議を再開したいと思います」


 第二回目の裁判が開廷した。

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