通路
準備は整った。
様々な事実がわかった。
わからないことも多かったが、だいたいの道筋は見えてきた。
僕にできることは何だろう?
被告を信じること。それくらいだ。弁護士のできることはただ、被告を信じて守ってやる。
部屋を出た。地方裁判所までの道すがら、妙に心は落ち着いていた。やがて堂々とした存在感を発揮する裁判所の門を通る。
門の横には守衛がいた。なぜかいつもよりも気合が入っているように思える。
――そういえば、面会には行ってやれなかったな。
時間がなかった。それに裁判が始まれば嫌でも会うことになる。
裁判所のロビーを通過し、弁護人控え室へと行く途中、コツコツとハイヒールの音が前方より聞こえた。
ケイトリン・シェーファー検事だ。
やけに不機嫌そうな面を浮かべてこちらに向かって歩いている。やがて僕がいることに気づいた途端、口元に邪悪そうな笑みを浮かべた。
「あら、早いわね。もう準備はいいの?」
「準備は――できている」
僕は一歩前に足を踏み出す。ケイトの鋭い視線が僕を射すくめる。一瞬でも気圧されてしまえば瞬く間に自信を木っ端微塵に破壊されてしまいそうだった。
「お前、何を隠してる?」
僕の問いに、ケイトは一瞬無表情になった。何か考えているのか目を細め、僕を値踏みするような視線を送る。
「隠す?何を?3サイズでも知りたいの?」
「真面目に答えろッ!」
思わず怒鳴ってしまった。
「お前、本当は気づいているんじゃないのか?」
「何を?」
「クラウディアは犯人じゃない」
「証拠がないわ」
「犯人だって証拠もなッ!」
ケイトはふぅと大袈裟に溜息をつくと、やれやれと肩を竦めた。
「疑わしきは罰せず、それは裁判官のモットーでしょ?私は検事。疑わしきを追求するのが仕事なのよ?」
「冤罪でもいいのかよ?」
「何を勘違いしているの?」
ケイトは右手の人差し指で僕の胸を小突きながら言う。
「それはあんたの仕事でしょ?私たち検察官はね、数少ない証拠だけを手がかりに社会に仇名す犯罪者たちを起訴しているの。冤罪かどうかなんてわかるわけないし、犯人かどうかもわかるわけがない。特に魔法使いの犯罪なんて手がかりが皆無なんていう状況で起訴しなければならない。証拠がない中で私たちは犯罪と戦わないといけないの」
――そういう世界で生きているのよ、とケイトは言った。
「もしも私が冤罪かもしれないなんて手を抜いて、本物の悪を逃したら、一体社会で暮らす善良な市民に対してなんて詫びればいいの?冗談じゃないわ。私は検事としての職務を全力でこなす。文句があるのなら、あんたが必死に弁護して勝利すればいい」
――それだけでしょ?ケイトは僕を突き飛ばし、そのまま悠然とした態度で去っていった。
僕は何も言い返せなかった。言い返すつもりもなかった。
あいつの言う通りだ。証明してやる。
僕は踵を返し、弁護人控え室を目指した。




