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結果の結論

「門外漢なんです」サマンサ主査は念を押すように言う。「私は女ですが」



 ……え?


「ふふ。ふふふふ。ぐふ、ごほごほ、喋りすぎました」


 サマンサ主査は近くにあった小型酸素ボンベを掴み取るとマスクを口にあて、すぅと新鮮な酸素を吸い上げた。



 なんとなく、この珍奇な生き物の生態がわかってきた。サマンサ博士はオヤジギャグがお好きらしい。



 ――面倒くせえヤツだ。


 目の下に大きな隈を浮かべながら、その表情は酸素を吸ってうっとりとしているサマンサ主査。すぐ隣に警察本部があるせいか、今の彼女は薬物中毒者にしか見えない。


 ここの研究員じゃなかったら間違いなく職務質問されているだろう。アヘ顔の骸骨女を放置しつつ、僕は今までの鑑定結果からわかったことをまとめることにした。


 あれだけ苦労して(ジェシカが)ダークフォレストから回収した写真と水晶玉。


 結局クラウディアの実家は見つからなかったわけだし……これでは無駄骨だ(ジェシカが)。


 死にそうな目に遭ったというのに(ジェシカが)。


 ……こうやって考えると僕の実害はゼロだな。いや、報酬を払う約束をしたから、経費的にはマイナスだ。


 この元を取るためには明日の裁判でなんとか勝訴しなければならない。


 うんうん。やっぱり世の中金だ。


 さて。でもどうやって?


 ダークフォレストにはクラウディア以外にも人がいたんだよな?クラウディアは何も言っていなかったが、こうして証拠が見つかったのだから、少なくとも10年以上昔の段階でジェシカとその父親以外の誰かが住んでいたのは間違いない。


 もしも、もしもクラウディアに封筒を差し出せる人物がいるとした場合、そいつはダークフォレストに精通している人物になるのでは?


 ジェシカの話を聞く限り、素人が簡単に入れる場所ではないようだし。森から生還することはある程度の猛者ならばできるようだが、特定の場所に行くとなるとそう簡単にできるだろうか?



 ――そういえば、一つ気になることがある。


「ジェシカ?」


 僕は再び咳き込み始めているサマンサ主査の背中を摩って介抱するジェシカに話しかける。っていうかこの人、酸素吸ってむせ込んでる。


 ……傍から見る分には面白い人ではある。友達にはしたくないが。


「なんですかぁ?」


 きょとんとした表情でこちらを振り向くジェシカに僕は質問した。


「君、森で遭難しただろ?どうやって生還したんだ?」


「ああ、あれ、言ってませんでしたっけ?私、逃げるのは得意なんです」



 ――そういえば、面接したときに言ってたな。あれは本当だったのか。


「逃げるって、モンスターからか?」


「それもありますけど、実は私、空飛べるんですよ」


「へえ?」


 聞いたことはある。魔法使いの中には自由自在に空を飛べる人もいるらしい。


「と言っても飛べるのは5秒だけなんですけどね。だいたいその5秒の間にぴゅーんと逃げちゃいます」


 僕はジェシカが空を飛んで逃げる姿を想像した。きっとあの緑色のアホ毛をぴょこぴょこ動かしながら空へ飛んでいくのだろう。


「そんな能力があるならモンスターから逃げるときもやればよかったんじゃ?」


「やりましたよ!そしたら飛んだ先でまたモンスターに遭遇しちゃったんです」


「へえ、それは大変だね」


「なんでそんな他人事なんですか!」


 ジェシカのアホ毛がぴょんと直立不動に立ち上がった。怒りのボルテージが上がるとアホ毛が反応するらしい。ぷぅと頬を膨らませながらジェシカはぶつぶつ文句を垂れた。


「ぶぅぶぅ。ダニエルさんが騙したりするからあんな目に遭ったんです。ううー、肌に傷ができちゃった。お嫁にいけなくなったらどうしよう」


「そのときは後輩を紹介してやる。君、高学歴の男性は好きか?」


 ジェシカは「んー」と真剣に考え込みながら、「大好き!」と応えた。


「ははは、現金な奴だな。じゃあ、それで許してくれるか?」


「はい、いいですよ、許してあげちゃいますッ!」


「……楽しそうですね」


 酸素ボンベを外しながらサマンサ主査がため息をついた。そのどんよりとしたオーラのせいで、楽しい気分は雲散霧消、どこかに行ってしまった。


「体調は?」


 僕の問いにサマンサは「大丈夫です」と応えた。そして「それよりその水晶ですが……」



「これが?」


 僕は水晶玉をサマンサ主査に見せる。サマンサ主査は眉根を寄せ、陰湿な眼差しをさらに細め、じっくりと水晶玉を凝視した。



「つい最近どこかで見たような気がして……」


 ――どこかで?


「奇遇ですね、僕もこれ、どこかで見た気がするんですよね。でも覚えてなくて」


「いえ、今思い出しました。私はそれ、知ってます」


 サマンサ主査はやけにきっぱり言った。


「本当ですか?」


「はい。ただ、私が見たものとコレが同一のものかどうかは鑑定しないとわかりません。ただ、もしもこの水晶玉がアレだとすると……」


 ――一時大事だわ、と彼女は言った。そしてその紫色の唇を閉じると、急に無口になった。


 なんだろう?気になる言い方だった。


「アレってなんですか?」


 ジェシカが無邪気な声で質問する。うっとりとした表情で水晶を眺めている彼女にとって、それはただの純粋な好奇心からくる質問だったのだろう。


 だが、サマンサのその険しい表情には好奇心以上のなにかがあるような気がした。


「私、門外漢なんです」


 またオヤジギャグか?正直うんざりした気分だったが、どうやら今回はそうでもないようだ。


「でも、これは知っています……」


 サマンサ主査は水晶を指差す。そして「それ、明日の裁判ではちゃんと持ってきてくださいよ」


「え、ああ、それはまあそうなんですが……これの正体を知ってるんですか?」


「……私、実は明日の裁判で証言するように言われています」


 よどみなく言い終えたサマンサ主査だったが、その後に「シェーファー検事に」と付け加えたときの声はどこか強ばっていた。


 この人も苦手なのか?あの女検事のこと。無理もないか。


「実はあの人に口止めされていることがあります。それ以外のことならば惜しみなく協力できますが、これについては私も一警察職員ですので、お話できることはありません」


 今までとは違うやけに強い口調だった。


「いずれにしろ、明日の裁判になれば全てわかります。今ここでこの水晶玉について私が答えることはありません」


 ――ただそれだけです。


 サマンサ主査はそれだけ言うと、再び口を閉じた。これ以上は何も話さないといった強い意思のある態度で、実際、これ以上彼女から新しい情報を引き出すことはできなかった。

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