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サマンサ博士の鑑定実験(4)

「つまり黒い森で発見した家屋にはフィルム式のカメラの撮影を妨害する魔法はしかけられていたが、デジカメを妨害する魔法は仕掛けられていなかった」


「お話を伺う限り、そう結論付けるのが妥当かと」


 サマンサはじとりとジェシカの方を見る。「そこのお嬢さんが嘘をついていなければ、の話ですが」


「わ、私は嘘なんてつきませんよ!」


「それは僕が保証しますよ。彼女は嘘なんて言いません」


「だ、ダニエルさん!私、今すごく嬉しいです!信用してくれるんですね!」


「っていうか、嘘つけるほど賢くないでしょ?」


「……なんでそんなこと言うの?」


 小動物のように瞳をうるうるさせるジェシカは放っておいて、「そんなことはどうでもいいんです」とサマンサ主査に向き直る。


「その魔法はいつ頃仕掛けられたのか、年代を特定することは?」


「残念ながら、それは難しいですね」


 サマンサは言う。


「ご存知かもしれませんが、魔法は食べ物みたいに腐敗しません。腐食もしませんし、当然ですが発酵もしません。10年経とうが100年経とうが魔法はどこまでいっても魔法のまま、姿形が変化することはありません。年代の特定は今のところ不可能です」


 ――今のところは、か。将来に期待したいところだが、裁判は明日。いつになるのかわからないものに頼っても仕方があるまい。


「でも状況証拠からある程度の推測は可能です。先ほど言ったように、フィルム式カメラの妨害魔法が流行したのは50年ほど前、その後はだんだんと使用される機会も減ってきて、デジカメが登場した10年前にはほとんど見る影もなくなりました」


「そもそもデジカメがある今の時代ならば、もっと別の魔法をしかけると?」


「その通りです。本当に隠したいものがあるのならば、フィルム式カメラ対策の魔法だけでなく、デジカメ対策もしているはずでしょう。でも、それを怠った。それはその魔法を仕掛けた当時、まだデジカメが世の中に登場していなかった可能性があります」


 可能性、ではある。証拠もない。だが、極めて筋は通っていると思う。


 実際、携帯の電波も妨害されたわけだしな。


「携帯電話も鑑定に出したのですが、そちらは?」


 僕はサマンサに訪ねたが、彼女は首を横に振った。といってもそれは首を振るというよりも振動と表現した方が良いほどの、微動であったのだが。


「衛星電話からは特に魔法粒子は発見されませんでした。といっても、携帯の通話を防ぐだけならば電波遮断魔法を使用すれば事足ります。ただ、これは特定の空間内に電波が入るのを防ぐ魔法なのであって、衛星電話に直接作用するものではありませんから」


 ――痕跡は残りませんよとサマンサは言葉を締めくくった。


「でもその可能性は高い、ですよね?」


「可能性だけならばいくらでも議論の余地はあります。でも決定打にはなりえません」


 ピシャリと否定するサマンサ主査。議論慣れしているところを見ると、普段からいろいろとやり取りしているのかもしれない。


 ――となると、証拠はカメラだけか。


 とにかくあの廃墟には何かしらの魔法が仕掛けられていた。その魔法は10年以上昔に仕掛けられたもので……なんでそんな魔法を仕掛けたのだろう?


 サマンサ主査ではないが、やけにまどろっこしいやり方に思えた。どうしても知られたくないような秘密があるのなら、もっと賢いやり口があると思う。


 例えば、不審者が侵入した途端に家ごと木っ端微塵に粉砕するだけの爆弾をしかけるとか。


 それだと家は吹っ飛び、ジェシカも死んでしまうが、家の中の秘密は守られる。


 ――そうしたくない事情があったんだ。なんだろう?誰にも知られたくないけれど、家を破壊することは避けたい事情とは……


 あの家で見つけたものといえば……水晶玉?


 そういえばあの家には琥珀色の水晶玉があったけど、あれかな?


 僕はカバンの中に仕舞っている水晶玉を取り出すと、それをサマンサに見せた。


「それは?」


 サマンサは髪をかきあげ、眉間にしわを寄せる。


「これは黒い森で発見した水晶です。珍しそうなものだったんで持ってきたんですが……」


「私が持ってきたんですーッ!」


 ぴょこんと緑色のアホ毛を立てながらジェシカが言ったので、「はいはい。あとでお菓子あげるから黙ってて」と手で制した。


 サマンサ主査はその重そうな腰を、本当は心底嫌なのだが仕方なくといった様子でよっこらしょと上げると、指紋がつかないように白い手袋をはめて水晶を手にとった。


「うーん、これは、私の専門外ですね」


 ぽつりとサマンサの紫色の口から言葉が漏れる。


「見たところ何かしらの魔力が篭っているようですが、どんな魔法かは鑑定しないとわかりません。それに……」


 サマンサ主査は水晶に顔を近づけるとちょろっと舌先を這わせて舐めた。


「……塩の味、汗ですね」


 ……変態がいる。


「あの、それはなにかの鑑定法なんですか?」


 念のため質問してみたが、「いいえ。気になるものは舐めたくなる性分なんです」とサマンサ主査は身も蓋もない回答をした。


 ……毒味か?


「非常に綺麗で透き通った琥珀色。歪みのない真円。もしここに美術鑑定士がいればきっと高い評価を下したに違いありません」


「へえ。で、サマンサ博士の鑑定実験の結果は?」


「さっぱりです。私、美術や芸術は専門外ですから」


 なんだろう、ひどい徒労感を味わった。

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