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魔導心理研究所(1)

 弁護士と警察との関係が切れることはあまりない。たとえ民事専門の弁護士であってもなにかと警察の厄介になるものだ。


 ナターシャ所長のところで働いていたときには刑事事件を担当することが多く、頻繁に科学捜査研究所に鑑定の依頼をすることが多かった。


 そしてその関係はナターシャ所長の事務所から独立し、民事専門の事件を請け負うようになってからも続いた。いや、むしろ民事訴訟を専門にするようになってから以降の方が科捜研との付き合いは増したくらいだ。


 なにせ科学捜査研究所ではDNA鑑定から血縁鑑定、精液検査、自動車事故鑑定、防犯カメラのビデオ解析、遺言状の真贋鑑定まで、あらゆる鑑定をしてくれる。


 民事訴訟といっても裁判の原則は刑事訴訟と本質は変わらない。どちらも証拠が物を言う世界だ。むしろ刑事訴訟は警察が証拠を集めてくれる分、民事はすべてこちらが調べなければならないためやるべきことが多く厄介だ。


 科学捜査研究所は言ってしまえば警察機関のひとつであり、税金で運営されている。つまり行政のサービスだ。当然、弁護士だろうと一般人だろうと鑑定を依頼することができる。


 鑑定を依頼する場合は事前にメールか電話、もしくは直接窓口で予約をとればいい。


 鑑定内容に適した鑑定人の選出が決まれば、あとは依頼料を支払うだけ。それだけのことでこの国で最高の鑑定技術を利用、極めて証拠能力の高い情報を手に入れることができる。


 僕は以上のことを警察本部の革張りのソファに座りながら、隣でウトウトと眠たそうにしているジェシカに説明した。


 ふわあとジェシカはあくびを一つすると、「要するに、Zzz……ぐがぁー」


「寝るなよ」


 僕はジェシカの鼻をつまむ。すると呼吸ができなくなったのか頬をピンク色に染めて苦悶の表情を浮かべ始め、やがて「くるうしよッ!」とジェシカは叫んで目を覚ました。


 ――噛んでくれてよかった。


 僕は清潔感のある廊下を忙しなく行き来する刑事や警察官に愛想笑いを浮かべながらホッと胸をなでおろした。


「おい、もうちょっと静かにしろよ」


「誰のせいですかッ!息できないじゃないですかッ!」


「じゃあ起きてろよ。誰のために説明してると思ってるんだ?」


 ジェシカは充血した眼を摩りながら「だって退屈なんだもん」としょぼくれていた。


「それに、今日は魔導心理研究所に用があるんでしょ?なんで科学捜査研究所の話をするんですか?」


「だって今まで一度も利用したことがないし。初めてだから勝手がわからん」


 ――まあどっちも似たようなもんだろ。


 僕らはそんなことを適当に話し合っていると、やがて「ロックハート弁護士ですか?」


 まるで普段はあまり言葉を発していないような、やけにしゃがれたハスキー声で呼ばれた。


 声の方を見ると、そこにはいかにも研究者然とした女性がいた。


 くたびれた白衣には所どころ黒い染みがあり、ブランドものとは程遠い革靴をはいている。


 ジェシカほどではないが肩まで届く黒い髪は寝癖だらけであるにも関わらず、その目の下には寝不足気味な大きな隈があった。


 色素は薄く、頬は痩せこけていてまるで骸骨のような雰囲気をまとっている人だった。


「あの……」生命力を感じさせない声で骸骨女は続ける。「もしかして私、失礼なこと言いました?っていうか、ロックハート弁護士ですよね?私、あまり人付き合い上手じゃないので、もしかしたら無礼なことを知らず知らずのうちに言うかもしれませんが、特に他意はないので気にせんでください」


「あ、いえこちらこそすいません。ちょっとぼうっとしてました」


 僕は急いでソファから立ち上がり、名刺を渡した。青白い指で白衣の女は名刺を受け取ると、「ああ、やっぱりロックハート弁護士さんなんですね。よかった、一瞬間違えたかなって思ってました」


 骸骨女は「はははあはあ、はあ、はあ……疲れた」と不気味な笑い声をあげ、最後にため息をついた。


「あの、お体が悪いようで?」


「ああ、違います。気にしないでください。ただ生まれてきてこの方、運動をしたことがないんです。だからちょっとしたことでも、面倒くさくて。ホントはやく人工筋肉できないかしら?人間の体って不便だと思いません?」


「え、あの、そんな日がくるのを夢見てます」

 突然話題を振られたジェシカは戸惑いつつ、とりあえず空気を察知して答えてくれた。


「あ、忘れてた」


 せっかくのジェシカの気遣いもそんな一言でどこ吹く風、瞬く間に雲散霧消してしまった。


「私、魔導心理研究所の研究員主査をしています。サマンサ・ウォリックって言います。この度はご依頼ありがとうございます。社交辞令ってよくわかりませんので、早速本題に入りたいのですが……はあ、はあ、ここ空気がしんどい。とにかくラボに行きましょう」


 サマンサ研究主査はカタカタと気味悪い笑みを浮かべつつも、その動悸は激しく揺れてひどく苦しそうだった。骸骨女は瞬き一つせずに僕とジェシカを交互に見ると、こちらですと踵を返して歩き出した。


 ――ついて来いということか?


 正直、こんな奴と一緒にいるのは嫌だった。隣を見るとジェシカの頬がピクピクと痙攣していて、来たことを後悔しているように見えた。


 僕はため息をつき、「行くよ」といってサマンサの後をついていった。


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