写真(2)
デジカメの画像をすべて見終わると、僕はフィルム式のカメラとデジタルカメラの両方をカバンにしまった。壊れないように事前に用意したビニール製の袋に入れ、隙間にはタオルを突っ込んでおいた。
「んん?ダニエルさん、これでおしまいですか?」
ジェシカに問いに僕はため息をしつつ答える。
「ああ、ありがとう。いろいろわかったよ」
本当は何もわかっていないのだが、とりあえず労いの言葉を伝えた。すると、ジェシカはむしゃむしゃと頬張るケーキを水と一緒に無理やり喉の奥へと飲み込み、ふぅと息をついてから右手を差し出した。
「なに?」
「えへへへ。やだなあ、報酬に決まってるじゃないですか?」
「ああ、それはまだ渡せない」
「ええッ!どうしてですかッ!」
奇声を上げ、思わずソファからジェシカは立ち上がる。たぶん怒りの表情をにじませているのであろうが、ピコピコと緑のアホ毛が動いているのを見ると正直怖くなかった。
「これからこのカメラを鑑定に出す。別に疑ってるわけじゃないけど、法廷に提出する証拠物件だからね。これが間違いなくダークフォレストで撮影したものっていうお墨付きが必要なんだよ」
「ぶぅ。そんなの私、関係ないし」
「大アリだろ。だいたい君、クライアントの家は発見できなかったんだろ?」
「うっ!それはそうなんですけど……だって迷っちゃったし、私の実力じゃあれ以上の探索は無理というものだし……」
後半になるにつれてだんだんと声が小さくなるものの、最後には「でも!」と付け加え、何か言おうとしたが、それは遮った。
「慌てるなよ。別に払わないって言ってるわけじゃないだろ。だいたい先に5万払ってるんだ。少しは信用しろって」
ジェシカはブツブツ「あれもう使っちゃったし……ていうかなんかズルい」と続ける。
「じゃあ、一緒に来るか?」
僕はジェシカを誘う。
「どこにですか?」
「どこってそれはもちろん、魔導心理研究所だよ」
?マークを浮かべたような表情をするジェシカ。もっとも、僕自身ここがどういうところなのかよくわかっていないのだが。
なにせ魔導心理研究所ができたのはここ十数年の話だ。もともとは犯罪心理学やら魔法による犯罪を専門にたち上げられた警察庁御用達の研究機関だ。
類似の機関として科学捜査研究所というものがあり、こちらは法医学、工学、化学、文書の鑑定などを対象とした研究機関になる。
研究対象は違えど、どちらも警察本部に研究所があるため、合同での調査にあたることが多いらしく、警察の捜査を陰ながらサポートする影の立役者といったところだ。
どちらの研究所もこの国の最先端レベルの技術があり、特にここ数年では魔法解析の捜査への導入など世間での注目が高まっている。
――魔法解析。一回目の裁判が終わって以降、実は事件とは別に魔法解析についても調べていた。
それでわかったことなのだが、魔法というのは使用すれば必ずその痕跡を現場に残すらしい。
そして一度残った痕跡は永久に消えず、10年経とうが100年経とうが使用時と同じデータを採取することができる。
これが指紋や血液、毛根などのサンプルだったら話は別だ。指紋は一週間もすれば原型はほとんどなくなるし、血液は採れたてが一番新鮮でDNAサンプルも採取しやすい。
ちなみに、毛は抜けた後も意外としぶとく生き残るらしい。抜けた後の毛が数ミリから数センチ伸びるのは脱毛後もまだ細胞が生きているからだ。
形あるものはいずれ壊れる。壊れたサンプルは証拠能力としてはあまり価値がない。だが、魔法解析によって採取できた証拠は違う。
年代に関係なく新鮮なデータが採取できる魔法解析ならば未解決の事件だろうと100年前の事件であろうと再び洗い出し、犯人を追い詰める鍵になる。
先日。ジェシカと電話でやり取りをしていたときからどうしても気になったことがあった。
ダークフォレストで見つけた家に入った途端、電話が不通になった。世界中で使用できる衛星電話であるにも関わらず、だ。
電気もガスも水道もないような場所で衛星電話が不通になるような原因は思いつかなかった。もちろん、魔法を除いて。
それに――僕はバッグを見る。その奥にはジェシカからもらった壊れたカメラがある。
このカメラも、妙だ。なぜ爆発する?
僕が購入したカメラは粗悪品なんかじゃない。確かに安物だが、それなりのメーカーは選んだ。
なにより、ダークフォレストで撮影する前の試し撮り、というよりジェシカの自撮りではなんの問題もなかったのだ。
それが森の中で発見した不審な家屋に入った途端、爆発?
偶然にしては出来過ぎだ。
――魔法解析の出番だろ。
僕はソファから立ち上がる。ジェシカは上目遣いをしながらこちらをじっと見た。
「勘定だ。ついてくるか?」
「……いきます」
ジェシカは不満そうな顔をしつつ、「ちょっと見てみたいし」と呟いた。
「あ?なんか言ったか?」
「ちょっと見てみたいって言ったんです」
ジェシカはスタタタッと足早に喫茶店を出て行った。僕が会計を済まして外に出ると、そこには伸びをして屈伸運動をしながら待っているジェシカがいた。
「どんな人なんですか、そのクライアントの人って?」
一瞬、どうやって誤魔化そうかと思案したが、なんとなく嘘をつくのが憚られた。
「君と同じくらいの年の女の子だよ」
――そうなんだ、と珍しく無愛想にジェシカはぽつりと言った。




