写真(1)
「う~ん、甘いよぉ!」
ジェシカは目元をにやつかせ、ケーキを頬張らせながら食べている。右手でフォークを使い、左手をゴソゴソと革製のバッグに忍ばせているとやがて、「ありましたッ!」
ジェシカは以前渡したときよりも汚れているデジカメをテーブルの上に置く。
「もう一つは?」
僕の問いかけにジェシカは眉根を寄せて答える。
「壊れてますよ?」
「構わないよ。ちょっと調べたいこともあるし」
ジェシカは「わかりましたぁ」と答えつつ、バッグから壊れたカメラを取り出す。
デジカメと違い、フィルム式のカメラは予想以上に壊れていた。レンズは割れ、ヒビは入り、中から赤やら青やら黄色やらのコードがはみ出ていた。
「なんだよこれ、爆発でもしたのか?」
「そうなんです」
ジェシカはゴクリとケーキを飲み込んだ。すると「ごほ、ごほ、おお、お、お水」とむせ返り、涙まじりの目で水を一杯飲み干した。
――騒がしい奴だな。
「こほ、こほ。ふぅ。――えっとなんでしたっけ?」
「カメラの件。どこで爆発したんだ?」
「えーと、そうそう。ダニエルさんに言われた通り、家の中を調べていたときに爆発したんです」
僕は昨日の電話の内容を思い出しながら言う。「撮影したとき?」
「はい、そうです。カメラで家の中を撮影しようとした途端、ボンッ!ですもん。驚きましたよ!」
ジェシカは爆発したときの様子を再現したいのか、右手で握り拳をつくると、『ボンッ』の掛け声にあわせてパッと手を大げさに開いた。
「へえ。よく怪我しなかったな」
「あれ、心配してくれるんですか!意外と優しいですね」
「当然だろ。弁護士だよ、僕」
ちょっとカッコつけて言ってみたが、ジェシカはパチパチと目を瞬かせるだけで無反応だった。
異様な沈黙に耐えられず、やがて「それで、フィルムはどうなった?」と今のはなかったことにした。
「フィルムもダメですよ。ホラ!」
ジェシカはテーブルの上にベロンベロンになったフィルムを置く。僕はそれを受け取って明かりにかざしてみた。
天井のライトから放射される光がフィルムを透過する。よくじっと目を凝らして見ると、フィルムの一枚一枚に何かで切り裂いたよう黒い線が入っていた。
「なんだこれ?」
「わかりません」
ジェシカは即答する。その疑問はもっともだ。こんなものは見たことがなかった。
「なんだか心霊写真みたいだな」
「えー、やめてくださいよ。私、そういうの苦手なんですよぉ」
ケーキを食べてご満悦といった表情が一変し、ジェシカの顔色が悪くなった。
そんな彼女は放置して、次にデジカメを見た。こちらは汚れてる点を除けばいたって正常で、画像データは問題なく保存されているようだった。
僕はデジカメを操作して画像を呼び起こす。このデジカメを購入したときは特に何も撮影しなかったので、一番古いデータからチェックすることにした。すると、画面一杯にジェシカの表情がどアップで映る画像が出た。鼻の穴までよく見えそうなほど近かった。
「おい。遊んでんじゃねえよ」
「うっ、ごめんなさい」
しばらくジェシカのアホ面の画像が続き、またかよと食傷気味になっていると、やがて一枚の古びた家屋が出現した。
「あ、それそれ、それですよ!その家を森の中で見つけました!」
テーブルから身を乗り出してきたジェシカは画像を指さして説明したが、そんなことはわざわざ言われるまでもない。これが目的の家であることはよくわかっていた。
周囲には鬱蒼とした木々が並び、2階から上は生い茂る枝葉のせいで見えないが、確かに黒くどんよりとした雰囲気のある家屋がそこにあった。
玄関らしい扉には頑丈そうな小さな格子窓があり、その内の一枚は割れていた。
二枚目の写真はその家屋の中で、昨日の電話でのやり取り通り見るも無残な汚れっぷりだった。
天井から伸びる蜘蛛の巣は大きく太く床まで伸びていて、それが一本の柱のようでもあった。
地面には埃が山のように積もり、家財らしきものは老朽化してしまったのか壊れていた。
――廃墟だな。画像を見た感想はまさにそれだった。
画像はしばらく続いたが、どれも同じような内容だった。ただ最後に一枚だけ、妙なものが写っていた。
それはちょうど握り拳ほどの大きさの水晶だった。周囲は塵芥が積もっているにも関わらず、その琥珀色の水晶には塵が積もらず、ただ燦然と怪しい光を放っていた。
水晶は二つ。もしかしたら以前は三つあったのかもしれない。というのも、水晶はどれも大切そうに金色のりん台に載せられていて、そのりん台の数は三つだったから。
――ひとつ足りないな。
「なあ、この写真だけど……」
「あ、やっぱりそれに気づきました!さっすがですね!」
デジカメの写真を見せると、ジェシカはなぜか嬉しそうにガサゴソと革製のバッグに手を突っ込み、ガサゴソとし始めた。
そして何かを取り出す。
「じゃーん、あんまりにも綺麗だったから持ってきちゃいました!」
ジェシカはテーブルの上に琥珀色の水晶玉を二つ、遠慮もへったくれもなく放り投げた。
――カンッと音をたてて落ちた水晶玉を僕は二つとも手にとって見てみる。
――どこでだろう?初めて見た気がしない。
以前、どこかでこれと同じものを見た気がした。だが、思い出せない。ただ事件に関係ありそうな気もしたのでジェシカから無理やり奪い取った。おかげでケーキを追加で注文するハメになった。




