前日(3)
「ひどい、ひどいよ、ぐす」
一足先に喫茶店の席に戻ると、とぼとぼと口をへの字にしながらジェシカがやってきた。
相変わらず黄色いコートに物々しい剣を脇にさげているが、よく見れば以前ここで会ったときよりも汚くなっていた。
白い足はところどころ腫れて赤くなっているし、コートは泥のようなものがこびりついていて、黄色は黄色でもなんだか全体的に古色蒼然としていた。
ホームレスみたいなことをしているから気付かなかったが、顔も疲労が溜まっている。そのせいか以前のような明るさが消え、どんよりとしていた。
――老けたな。
ちょこんと席につくジェシカを見て、さすがにこれは可哀相かなと思った。
「ま、まあ今回はよくやってくれたよ。そうだ、ケーキ買ってきたんだ。よかったら食べなよ!」
僕はここに来る前に買っておいたケーキを箱ごと渡す。一瞬マスターのむっとするような表情が見えたがあえて無視した。
「うわあ、ありがとう!今これがすっごく欲しかったんです!」
「そうかそうか、それはよかった!」
「はい!」
ジェシカは箱を開けると泣きそうな顔をパッと輝かせ、直接素手でクリームたっぷりのショートケーキを掴み上げた。
「はは、おいおい。フォーク使えよ」
「えへへへ。フォークなんて使ったら危ないじゃないですか」
「え?どういうことだよ」
「それはですね、こういうことですよッ!」
びちゃ。ジェシカはケーキを思いっきり僕の顔にぶん投げた。突然のことに避ける間はなく、ケーキは僕の顔にべっとりと張り付いた。
「はあ、はあ、はあ、はあースッキリ!」
ジェシカはやけに穏やかな声をだした。きっとその表情には満面の笑みが広がっているのだろう。もっとも、今の僕の視界はケーキの白いクリームで塞がれているので、そのスマイルを見ることができない。
やがてケーキは重力の重さに負けてテーブルの上にべちゃと音をたてて落ちた。だが、クリームはいつまでも顔面に残っているようで、それを見たジェシカがニヤニヤと笑みを浮かべてた。
「おいおい」僕は鼻についたクリームを人差し指で取り、一口舐めた。「すげえ甘い。お前、食べ物粗末にするなよな」
「うるさいです。こっちは危うく命を粗末にするところだったんですよッ!」
「いや、確かに僕もちゃんと言わなかったのは悪いと思うけどさ。そもそも君、傭兵だろ。傭兵に危険な任務はつきものじゃないか」
僕はナプキンで顔についたクリームを拭いた。「そんなに命が大事なら保険にでも入れよ」
「入りましたよ。帰国したのと同時に入りましたッ!一番高い奴に加入しちゃいましたよ、どうしてくれるんですか!」
「知らないってば。それは君の軽率な行動が招いた結果だろ。それにいいじゃねえか。今後、死にそうな目にあっても保険会社から補償金が出るし」
まだ顔のどこかにクリームが残っていそうだったが、これ以上気にしてもしょうがないので諦めた。最後にテーブルの上に落ちたケーキを回収し、箱の中に戻した。
「それより……」
「まだついてますよ」とジェシカは言うとテーブル越しに身を乗り出して僕の頬に人差し指をあてる。小さな人差し指に白いクリームがついていた。
ジェシカはそれを一口舐めると、「あまーい!おかわり!」と言った。
「ねえよ」
「ええ~!どうして!」
「え?それは君のせいなのですけど?」
ジェシカは「しまった」としょんぼりしていたので、僕は渋々、本当は嫌なんだけどショートケーキを注文した。
マスターはテキパキとした動きでカウンター奥からショートケーキを運んでくる。心なしか先ほどぶつけられたケーキより美味しそうに見えた。
「うわあ、ありがとう!あ、でもダニエルさんってケチだから割り勘なんでしょうね!」
――うぜえ。
「おごりだよ、おごり。頑張ったからな」
「えへへへ、やったな」
もぎゅもぎゅとショートケーキを食べ始めるジェシカを見ながら、僕はコーヒーを注文、一口飲む。
「それで」僕はジェシカの機嫌が直ったであろう頃合を見計らい、本題を切り出した。
「ダークフォレストで撮影した写真、見せてもらおうか」




