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前日(2)

「お客様?失礼ですが、どなたかと待ち合わせをされてますか?」


 喫茶店のマスターが慇懃な態度で近寄ってくる。まだ一度しか利用していないのでさすがに僕の顔はもう忘れてしまったのだろう。


 好々爺然とした表情を浮かべるマスターに僕は、「はい、それが?」と返す。


「実はですね、さきほどより店の外で女性の方がいらっしゃいまして、聞くとここで誰かと待ち合わせをしているそうなのですが……」


 ――外?


 僕はそのまま立ち上がり、すぐに喫茶店の外に出た。大通りに面した喫茶店の前には何人かの歩行者がいたが、ジェシカの姿は見当たらない。


「路地裏にいらっしゃいましたよ」


 とマスターが背後より言うので僕は店の反対側に回り込んだ。店のちょうど後ろ側には薄暗い路地があり、ジェシカ・ベルキューズはそこでぐーすかといびきをたてながら眠り込んでいた。


 ――なにしてんの?


 僕はむにゃむにゃと寝返りをうつジェシカに近寄る。よく見るとダンボールをちゃんと敷いていた。


「おい、起きろ」


「ぴぎゃッ!」


 僕はジェシカの額にデコピンをいれた。するとジェシカを奇声をあげ、よだれを垂らしながら飛び跳ねた。


「にゃにゃにゃにゃッ!」緑の髪が寝癖だらけだった。「はっ!ダニエルさん!ななな、何ですかッ!就寝中の乙女にナニをしたんですかッ!」


「ナニもしてねえよ。君こそなんだ?ここで何してる?ホームレスにでもなったのか?」


「違いますよー!」寝起きの割に妙に血色の良い顔でジェシカは「えへへへ」と上擦った笑いをする。


「私の家、ここから遠いんですよ。いちいち帰るのも面倒だし、とりあえずここでダニエルさんが来るまで待つことにしたんです!」


 ――待つって、爆睡してるじゃねえか。


「でも、ちゃんと喫茶店のマスターには言いましたよ、ここで待ち合わせるから来たら呼んで欲しいって」


 きっとマスターは待ち合わせ程度なら別にいいかと思って了承したのだろう。それがまさか人の店の前で爆睡などするから困っていたに違いない。


 あの好々爺のような顔の裏にどれほどの苦労があるのかは想像に難くなかった。


「それよりそれより、ダニエルさん!一体どういうことなんですかこれは!」ジェシカはぴょこんとそそり立つアホ毛を揺らしながら立ち上がる。「私、危うく死ぬところだったんですよッ!これじゃあ10万Gゴールドなんて割にあいませんッ!」


「値上げしたいってこと?」


 そう言うと、ジェシカは「イエス、昇給プリーズ」と熱心に答える。


「いいよ」僕は答える。そして付け加える。「15万でいいか?」


「ええッ!本当ですか、やっほーい!」


「はは、気にするな。じゃあ今すぐ送金した5万Gゴールド返してもらおうか」


「え?え?」


 ジェシカは飛び上がらんばかりに喜んでいるといったポーズを取りながら一時停止する。冷や汗が首筋から流れ落ちた。


「あの、あれは、ほら、必要経費といいますか……」


「はははは、何言ってんだお前。君、フリーの傭兵だろ?いつから正社員になった?」


 僕は彼女の肩をポンと叩き、「報酬から引いておいてやるよ。だから君に払うのは10万だ」と言ってから喫茶店に戻った。


 背後から「ブラック弁護士」という哀れみのこもった声が聞こえたが、特に気にはしなかった。

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