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前日(1)

 昔から一つのことに集中すると周りが見えなくなる癖がある。


 遊びに夢中になっているうちに気がつけば日が暮れていたなんてことはしょちゅうで、弁護士になるための勉強を始めた頃にもよく徹夜で参考書と格闘したものだ。


 この性格の良いところは、一旦集中してしまえば周囲を気にせずに一つのことに打ち込めること。そのおかげで弁護士にもなれたのだから御の字だ。


 この性格の悪いところは、一旦集中してしまうと周囲の時間の流れについていけず、浮いてしまうところ。今回はそれが仇になった。


 現場での調査を一通り終えた僕はホテルの地下にあるレストランで食事をした。


 さすが一流ホテルといわんばかりの豪華なランチを堪能した後、客が僕しかいないことをいい気に事件の整理をした。


 レストランのコックが嫌な顔をするのもお構いなしに閉店まで資料を漁っているとついに外に追いやられた。もっとも、その後も駅の近くにある喫茶店で再び資料と格闘、様々な角度から事件を検証していた。


 何か足りない情報はないか、他にも調べておいた方が良いことはあるか、見落としはないか……


 僕は真相に近づいているのか?


 わざわざ事件現場まで出向いた甲斐は確かにあった。今回の調査のおかげで様々な疑問点も解消できた。


 だが、代わりに新しい疑問も生じた。


 被害者が殺害されたのは11日である可能性は高い。だが、なぜそうなった?


 なぜクラウディアは10日にやってきた?彼女の家に届けられた手紙には10日に魔王がやってくるとわざわざ時間指定までされていた。


 ――この手紙はどんな意味がある?


 クラウディアは日記でこの手紙がどのような意図をもって送られてきたのかはわかならいと書いていた。


 だが、少なくともこの手紙が来なければ今回の事件は起きなかった。


 すべての始まりはそこからだ。もし今回の事件の真犯人がクラウディアではなく別の誰かならば、この手紙の差出人はかなり怪しい。


 だが、それが誰なのかを特定する手がかりがない。


 わからないことといえば、前回の裁判の最後。ケイトは次の裁判で証人を呼ぶと言っていた。


 もともとは参考人招致として呼ぶつもりであったらしいのだが、断られてしまったので呼べなかったとも言っていた。


 参考人招致と証人喚問の違いは、強制力の有無だ。


 参考人招致はあくまで意見を聞くだけで、断ることもできる。


 だが証人喚問は違う。こちらは事件解決のための重要な証言をしてもらうために証人を呼ぶのが目的であり、法的な拘束力がある。


 もちろん、それだけの効力がある以上、証人喚問をするためにはそれ相応の根拠が必要になってくる。


 ――呼びたかった。けれど呼べなかった。


 それはつまり、検事にとって有利な証人なので呼びたかったけれど、本人に拒否されたので呼べなかった、ということだ。


 あのケイトが自分にとって都合の悪い証人を隠すなんてことをするはずがない。たとえ家族が相手であっても嬉々としてその人の欠点や粗を探すような奴だ。


 明後日の裁判に一体誰を呼ぶつもりなんだ?


 考えても考えても答えは出ず、むしろ疑問が増えるばかりだった。


 やがて時間が過ぎ、終電に乗り遅れてしまった。喫茶店も深夜は営業しておらず、日帰りは事実上不可能になってしまった。


 ――仕方がない。こうなったらとことんやろう。


 僕は公園のベンチで外灯の光を頼りにその後も事件の資料を何度も読み返し、自分にできることを探した。


 やがて夜も明け、始発と同時に電車に乗り、帰路についた。


 ジェシカ・ベルキューズから電話がかかってきたのはちょうど電車から降り、これから自宅で仮眠をとろうと思った矢先だった。


『き、帰国しました。とりあえず写真撮ったので、見てください』


 もしかしてこのまま絶命してしまうのではないのか?と疑ってしまいたくなるほど息も絶え絶えといった口調だった。


 僕らは以前待ち合わせに利用した喫茶店で会う約束をし、そのまま帰宅。なにもかも放り出してそのままベッドの上に倒れ込んだ。


 ひどく疲れていた。汗でべっとりとしたワイシャツは清潔感とは無縁の代物だったが今はそれも気にならず、ただひたすら眠りたかった。


 ……次に目を覚ましたときには窓から明るい日差しが斜めに入り込んでいた。


 時計を見ると8時45分、あと15分でジェシカとの約束の時間だ。全身が筋肉痛になったのか、骨が軋むような痛みがあちこちにあった。


 それでも無理やり体を起こし、シャワーを浴びる。熱いシャワーで意識を目覚めさせる。


 その後、着替えを済ませてカバンを抱えると外へ出た。約束の時間はとうに過ぎていたが、僕は焦ることなく待ち合わせの喫茶店に向かった。


 ――ケーキでも買ってやるか。


 僕は途中で寄り道をしつつ、約束の時間から一時間ほど遅れてから喫茶店に入った。早朝であるにも関わらずお店は意外にも混雑していたのだが、ジェシカはまだ来ていなかった。


 ――遅刻かよ、と僕は自分のことを棚にあげて心の中で呟いた。

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