面会(7)
写真を手にとり、まじまじと見た。
パッとみると美人顔に思えたが、よく観察すると目が落ち窪んでいたり、肌は荒れていたり、黒い髪はざっくばらんで、その荒々しい風貌を見ると少女というよりも野生の獣でも見ているような迫力があった。
――誰だこれ?
写真と一緒にあった資料に名前が書いてあった。
被告人:クラウディア・ラインラント、年齢十八歳(?)、職業不明、住所不明、
容疑:殺人罪
「殺人、誰かを殺したのか?」
もう一度まじまじと写真を見た。少女は全世界を敵にでも回しているような鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
――こんな少女に恨まれたらたまらないな。
それにしても、と思う。
冴えない風貌に住所も不明。どこからどう見ても浮浪者だ。
グリムベルドという国家は周囲を険しい山脈に囲まれた一種の陸の孤島のような存在だ。
その堅牢な自然の壁があるおかげでここ数百年争いらしい争いはない。
もっとも、それ以前の歴史をたどれば、列強に取り囲まれたこの国は常に戦争の火種になりやすく、血で血を争う戦いを繰り広げていたそうだ。
グリムベルドが戦争に介入しないのは、そのような状況を避けるためだ。平和国家などと呼ばれてこそいるが、その実情はどの国にも肩入れしないことを条件に、戦争から距離を置く臆病な国でもある。
だが、そのおかげで戦争もなく、今のような経済国家にまで発展したという背景がある。
先の十年戦争においても、列強の国々だけでなくその他の周辺国家も国連軍として参加したにもかかわらず、グリムベルドだけが参戦しなかったのにはこの国がどこにも与しないことで平和を勝ち取る中立国だからだ。
しかし、その代償としてこの国は犯罪者や反社会的な人間には非常に都合の良い環境になってしまった。
どこにも与しないということは、何かがあっても連携はとらないということでもある。たとえグリムベルドに国外から犯罪者がやってきても、この国の政府は外国のために捜査協力をすることもなければ、情報提供も一切しない。
他の国からの一切の干渉を嫌うこの国に逃げ込んだ犯罪者は、この国内で罪を犯さない限り逮捕、そして刑に服すことはないのだ。
経済交流や文化交流は思いのほか積極的なグリムベルドは、司法や政治においては常に一貫して中立を保ち、他国からの干渉に対してはいかなる場合においても拒絶をする。
平和な国を望むために、孤独な道を選ぶ。ここはそういうお国柄なのだ。
だから、たまにこういう輩が現れる。
住所も職業も不明の浮浪者。たとえ以前、どれほどの大罪を犯したとしても極悪人であっても、それこそ魔王であったとしても、この国ならば今までの罪を帳消しにして新しい人生を望める。
この国に移民する人間の全員がそうだとはいわないが、この国の犯罪者の約5割が移民という現状を鑑みると、やっぱりなと言いたくなる。
わざわざ他国までやってきて再び罪を重ねる。環境なんて関係ないのだ。結局の話、自分の幸せというものは自分の性格を変えて、努力しない限りはやってこない。
少なくとも僕はそう考えている。今までそうやって生きてきたし、だからどれほど劣悪な環境でも前に進むのをやめなかった。
だが……
「プッハー!久しぶりのシャワーは気持ちいいね!」
ランラン気分の鼻歌まじりで扉を開けたのは、ナターシャ所長だった。ブロンドの髪はしっとりと濡れて、頭からは湯気がたちこめていた。
「所長、なんつー格好してるんですか?」
「え、変かな?」
僕はまじまじと所長の姿を見た。
肩にかけたタオルはだらりとぶら下がり、その白い巨乳を隠していた。
だが、その他は真っ裸同然だった。
つつーっと白い肌の表面を垂れる水滴はナターシャ所長の腰元まで落ちて、やがてピンクの生地に赤いリボンのついているショーツにあたった。
ショーツのサイズが小さいせいなのか、それとも無駄にプロポーションが良いせいか、キュッと締まるような小さいお尻をフリフリ振っていた。
「あんた、ここ職場でしょ」
「えー、でも誰もいない」
「僕がいるでしょーが。ほら、早く着替えてください」
僕は事前に出しておいた替えの服をナターシャ所長に放り投げた。
昔からシャワー後は真っ裸で出てくるので、いつも替えの服を用意しているのだ。
最初は驚いたが、もう慣れた。
「ええー、面倒だな。ダンくん、着替えるのてつだ……」
「はよ着替えろや」
脱衣所に蹴り飛ばし、そして扉を閉じた。すると脱衣所の方から、「う、Mに目覚めそう」といううめき声が聞こえたが無視した。
傍から見るととんでもなく馬鹿な人に見える。見えるのだが、この真性の変態女弁護士は昔からどういうわけか、見捨てたりしないのだ。
僕はもう一度デスクの上にある写真を見る。
こういう人たちのピンチを何度も救ってきたところを、僕は何度もこの目で見てきたのだ。