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調査(18) 黒い森より



 『ダニエルさん、大変です、大変なんですぅ~ッ!!』


 あまりにもうるさいので衛星電話を耳から離した。その間もなんだかわけのわからないことを叫んでいたのだが、たぶん意味のないことだろう。


『うぇ~ん、助けてェーッ!!モンスターが、モンスターが強すぎるよォ~』


「おーい、もしもし、ジェシカさんやーい」


 僕はボリュームを絞り、聞きやすい音量に設定し直した。「聞こえますかー?」


『ちょ、ダニエルさん、なんでそんな呑気な声出してるんですかッ!こっちは今大変なんですよッ!』


 言葉の端々でハアハアという荒い呼吸音とタタタタタッという足音が聞こえた。おそらくジェシカは今、必死に走っているところなのだろう。


「おいおい、どうした?まるでモンスターに襲われているみたいじゃないか」


『みたいじゃなくて本当に襲われてるんですッ!なんですかあれ、皮膚めちゃくちゃ硬いんですけど!ギャーッ!火、火を吹いた!』


「落ち着けよ、支離滅裂だぞ、君」


 僕はカバンを持ち上げてエレベーターホールへ向かって歩きだした。


『お、落ち着けって何言ってるんですかッ!だいたいダニエルさん、これ話が違いますよッ!こんなに強いなんて聞いてませんッ!』


 ジェシカは早口で捲したて、そして最後に『うぴゃあ~ッ!!』とわけのわからない悲鳴をあげた。


「え?え?うぴゃあって何?」


『なんでそこに反応するんですかッ!絶対わざとですよね、わざと論点をズラしてますよねッ!』


 ――チッ。意外と頭が働くな。


「ははは、そんなことないって。ただほら、ドラゴン倒せるくらいだからこの程度のモンスターへっちゃらだろうなって思ったんだよ。ははは、目論見が外れちゃった」


『ひどいッ!ひどいよッ!さっき三つ首の狼がいたんですよッ!』


「え?ケルベロスがいたの?すごいねえ、伝説上のモンスターだと思ってたよ」


『すごくありませんッ!』


 ジェシカはまだ何か言いたそうだったが、再度『みゃああッ!』という悲鳴をあげた途端に無口になり、しばらく通話が途絶えた。


「あれ、おい、しっかりしろ。もしもし?」


 何度か呼びかけてみたが応答がない。ただバキバキという何かが折れる音と、獣かなにかの咆哮が聞こえるので、まだ電話は生きているようだ。


 もっとも、電話の持ち主が生きているかどうかはさっぱり検討もつかないわけなのだが。


 ――死んだかな?


 まずいな。こんなことなら5万Gゴールドも送金しなければよかった、などと考えていると、『私、まだ生きてますッ!』というジェシカの声が聞こえた。


『危なかった。今の本当に危なかったよぉー!!ダニエルさーん、もう無理ッ!私、私、おうちに帰るッ!!』


「ええー、ちょっと待ってよ。肝心の写真は撮れたの?」


『撮れるわけないじゃないですかッ!!』


 ジェシカは本当に怒っているようだ。


『右も左もわからないのに、どこにいるのかももうわからないのに、家なんて見つけられるわけないじゃないですかッ!』


「え?君なに?遭難したの?」


『え?』


「え?ってなんだよ?」


『うっ』


 ――今度は何だ?


『う、うわーーーーーーーーーんッ!!帰れないよぉー!!』


「おい落ち着けてって。あんまり騒ぐとかえって目立つだろ」


『素人は口出さないでくだしゃいッ!んもう、私もういっぱいいっぱいなのッ!』


 ――これ以上無理ッ!とジェシカは叫ぶ。そして『いやああああッ!』という悲鳴がスピーカーから溢れ出た。


 どうやらジェシカは走っているようだ。それも全速力で。もしかしたら何かに追われているのかもしれない。たまに『こっちこないでッ!』というジェシカの叫び声があがった。


 どれぐらい経過したのだろうか?一向に止まないジェシカの悲鳴が突然ぱったりと消えて、そのまま聞こえなくなった。


「もしもし?おい、どうした?聞こえるか?」


『ふにゅう~、なにこれぇ?』


 ――痛いよぉ、と不満そうなジェシカの声が聞こえた。とりあえずまだ無事のようだ。


『ダニエルさ~ん。確か目的地の家って川沿いにあるんですよね?』


 頭でも打ったのか?さきほどまでの慌てぶりが一転、しくしくとむせび泣きつつも口調が落ち着きつつあった。


「ああ、クライアントが住んでいた家は川沿いにあるらしい」


『でも、この家の近くに川なんてないですよ?』


「あ?なに言っている?」


『だから、この家の近くに川なんてありませんって』


 ――この家?


「ジェシカ、もしかして今、家が近くにあるのか?」


『ありますよー』ジェシカはブツブツと文句を垂れる。『なんでこんなところに家があるの?ぶつかっちゃうじゃない』


 ――本当に、家があるのか?


 正直、半信半疑だった。こんなことならテレビ電話にしておくんだったな。


 とりあえず、今はジェシカを信じよう。


「その家、撮影できるか」


『え、この家でいいんですか?』


 ガサゴソと何かを取り出す音が聞こえた。やがて、『よかった、壊れてなかった』という明るい声が聞こえる。


『じゃあ、撮影しますよ』


「ああ、頼む。ついでにその家の中も調べておいてくれ」


『はーい、わかりました』


「ところで……」僕は一つ気になることがあった。「そのあたりにモンスターはいないのか?」


『え?あれ、本当ですね。さっきまで私を食べようといっぱいモンスターがいたのに、なんでですかね?』


 ――知らないよ、そんなこと。


 モンスターがいないのならばそれでいい。「よかったじゃないか、モンスターがいなくて」


 僕はそう言いつつ、何か忘れているような気もした。


 ――なんだろう?何か見落としているような……


 そう、あれは面会室のときだ。クラウディアは確か――


『怖いの?モンスターが?』


 クラウディアは確か、そう言った。


 クラウディアは黒い森でモンスターに襲われたことがなかった。それはモンスターが彼女を恐れていたから……


 じゃあ、今ジェシカが襲われていないのは、何故なのだろう?


 モンスターがジェシカを恐れる理由はない。実際、今の今まで襲われていたのだから、恐れるどころか美味しそうぐらいにしか思っていないはずだ。


 ――なら、別の何かだ。黒い森のモンスターが恐れるものが今、ジェシカのすぐ近くにある。


 それは、家か?


「おい、ちょっと待て」


『え?なんですか?』


「家に入るのは待て」


『そんなこと言われても、もう入っちゃいましたよ』


 ――ブツ。通話が途切れた。

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