調査(17) 黒い森より
――まずい。これは本当にまずいことになった。
新事実の発覚はどう考えてもこちら側に不利な展開をもたらした。だが一つ疑問なのは、どうして今までこの事実は出てこなかったのだろう?
警備室のセキュリティ上、誰もCDに細工を加えることはできなかった。だが、なぜケイトはそれを前回の裁判で主張しなかった?
検察はこの事実を掴んでいる。わざわざ警備会社に介入するほどなのだからそれは間違いないのだろう。
僕は裁判の流れを整理してみた。そして一つ、矛盾点を見つけた。
――いや、おかしい。この事実と裁判の記録は論理的に破綻している。
クラウディアの証言は一旦脇に置くとして、被害者のハル・アンダーソンは12日、庭園で見つかった。遺体の一部もあったわけだから、それは間違いないとして……
警備室に常駐しているのは一人だけだった。その唯一の警備員が殺された。では、12日の午前6時、一体誰が警察に通報した?
11月。ホテルの従業員は支配人を除き全員が休暇中であった。
支配人か?あの野太い声をした男が警察に通報したのか?
地元の警察への通報があったのが午前6時頃。そんな朝の早い時間帯にホテルの支配人が庭園で何をしていた?
「一つお伺いしたいのですが……」僕はロイド警備員に言う。「このホテルの支配人はどこにいるのですか?」
「支配人はここにはいませんよ」ロイド警備員は当たり前のように言う。「あの人なら今、来年オープンする予定のリゾートホテルの視察にいっています」
「え?でも、先日ここに電話したときは通じましたよ」
「休業中はホテルにかかってくる電話はすべて支配人の携帯電話に転送されるようになっています。ここにいなくても支配人は電話に出られますよ」
どういうことだろう?
「それですと、今このホテルには誰もいないのですか?」
「そんなことないですよ。お昼頃になれば地下のレストランと土産物屋、あとスポーツジムが営業します。まあ、ホテルが休業しているので客はほとんど来ませんけどね」
――お昼から?
「その人たちは午前6時頃にホテルにはいます?」
「まさか。そんな早くから来ませんよ」
ロイドは乾いた笑いをして否定する。「本当は10時に来ないといけないのですけど、支配人がいませんからね。あいつら12時まで平気で遅刻してきます」
――だから今地下に行ってもお店はやってませんよ、とロイドは付け加えた。
おかしいよな、それだと。12日、現場に遺体があるという通報があったから警察はホテルにやってきた。
僕は今までこの通報者は警備員かホテルの従業員ぐらいだろうと考えていたが、今のこのホテルの状況下だとそのどちらも当てはまらない。
通報したのは誰なんだ?
――まったく、どうなっている?頭が混乱しそうだ。
一人で考え込んでいると、カバンがブルブルと震え出した。
「……あ、失礼」
僕はカバンから衛星電話を取り出すと、そのまま警備室の外へ出た。今まで真っ暗だった廊下も僕が飛び出した瞬間にセンサーが反応し、オレンジ色の蛍光灯が足元を照らした。
衛星電話を通話モードにし、耳元にあてた瞬間、
『た、たたたた助けてェ~ッ!!』
とジェシカ・ベルキューズの甲高い声が聞こえた。




