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調査(16) 3つの鍵

「生体認証システムですか?」


 僕は問い返す。するとロイド警備員は指を三本たてて、「三階に行くためには3つの条件をクリアしないといけないんですよ」


「3つ、ですか?多いですね」


「当たり前ですよ。監視カメラの映像には宿泊客のプライバシーがバッチリ撮られてますからね。情報流出は絶対避けないといけませんから」


 警備員は乾いた笑いを浮かべる。もっとも疲労が溜まっているせいか、どこか哀愁が漂っていた。


「それで、3つの鍵って具体的に何のことですか?」


 ロイド警備員は一瞬考え込んだ後「まあ、隠すことでもないし、別にいいか」と呟いた。


「3つの鍵というのはつまり、指紋、眼球、あと体重です」


 僕は今の3つをメモする。そして尋ねる。「眼球というのは?」


「さあ、僕も詳しくは知らないのですが、なんでも眼球というのは一人一人特徴があるそうですよ」


 ――DNAみたいだな、と心の中で呟いた。


「といっても調べるのは虹彩のパターンらしいですよ。人間の虹彩の模様は生まれてから一年ほど経過すると一生そのまま変わりません。だから生体認証システムとして使えるって上司から聞いています」


「へえ、そんなものがあるのですね」


「ええ、生体認証というとDNAパターンを調べるというのがオーソドックスですが、調べるたびに唾吐いたり血液抜かれたら堪りませんからね。その点、虹彩の模様を調べるだけなら専用の装置さえあればすぐに人を識別できるのでお手軽なんですよ」


 知らないところで随分科学は進んでいるなと感心しつつ、一つ疑問を呈してみた。


「生体認証の問題点として双子の問題がありますよね。ここの生体認証は双子でも大丈夫なんですか?」


「うーん、これは上司の受け売りなんですけど」とロイド警備員は考え込みながら言う。「人の虹彩って左右で違うらしいのですよ。同じ人間でも左と右で違いがあるから、双子でも虹彩ならば違いを見極められるみたいですよ」


 ――本当かどうかは知りませんけど、とロイド警備員は付け加えた。


 じゃあ、双子トリックは使えないんだな、と僕は内心で呟いた。


「指紋なんかは双子だと一致する確率が高いらしいんですけど、虹彩の模様は生まれてからも変化しますからね。同じような顔でも目には個性が宿るんです。目は口ほどに物を言うってことですよ」


 ロイド警備員は上手いことを言ったつもりらしいのだが、こっちは面白くもなんともない。


 ――厄介な問題が増えたな。これでは、細工などできないではないか。


「指紋と眼球の生体認証はよくわかりました。この二つがあれば部外者はまず三階には行けそうにないですね」


 ――ただ、と僕は付け加える。


「体重というのは?」


「ああ、これは要するに、このエレベーターに乗れるのは一人までということです。事前に設定した体重±3キロを越えるとエレベーターは動きません」


 ――3階に行けるのは一度に一人まで、か。


「じゃあ、一人目が3階に行った後に、二人目がエレベーターに乗って3階に行けばいいのでは?」


 面倒くさい方法だが、これならば二人以上の人間を3階に運ぶことができる。


 だが警備員は首を縦に振る。「できません」


「エレベーターは一旦上の階に行ったら、誰かが乗った状態で下の階に降りない限り、下の階まで自動的に降りてくることはありません。重すぎてもいけませんし、軽すぎてもいけないのです」


「えーとつまり、エレベーターが3階にあるときに2階の人がボタンを押しても、3階に行った人が再び乗るまでエレベーターが2階に降りることはないということですか?」


 ロイド警備員はこくりと頷く。「そうです。面倒でしょ?」


「そして、乗れるのは警備員だけだった、ということですか?」


「そうですよ。それもシフトが変わるごとに生体認証のデータも変わるから、時間内に作業を終わらせないといけなくて大変なんですよね」


「どういうことです?」


「えーとですね、たとえば1日目のシフトが僕だとします」


 ロイド警備員はシフト表の1日目を指差す。次に2日目を指差して言う。


「で、2日目が他の人、Aさんだとしますね。1日目は僕がシフトに入っているので僕の指紋と眼球、あと僕の体重があれば3階に行くことができます。でも2日目になるとシフトが変わってしまうので、エレベーターに乗るためにはAさんの指紋と眼球、あとAさんの体重でないといけません」


 ――シフトが変わるごとにエレベーターの乗れる人物も変わる、ということか。


 裁判でも同じようなことが問題になったよな?確か、CD-Rの録画のタイミング。これも確か、日付が変更されるたびに新しいCD-Rに映像が保存されるという仕組みになっていた。


 ――徹底しているな。なんというか、この警備会社は人をまったく信用していないような気がする。


 当たり前か。警備会社なのだから。人を疑うのが彼らの仕事だ。


 僕はノートの余白がなくなるまでメモをとると、一旦今の情報をまとめた。


 警備会社の生体認証の話は裁判では出なかった。これは、思ったよりも重要な情報だよな。だって――


 いや、思った以上どころか、これって事件の根幹に関わる問題だぞ。


 僕は裁判で主張してしまった。この監視カメラの映像は何者かによって細工がされていると。


 10日の映像と11日の映像は入れ替わっている可能性がある。確かにそう主張してしまった。


 だけど、なんだこの状況?


 無理じゃないか。誰にも入れ替えることなんてできないぞ。


 あの映像のトリックを実現するためには、10日、11日、12日のCD-Rをディクスに保管する前に入手する必要がある。


 12日には警察への通報が行われたため、それよりも後にCD-Rの入れ替えをするのはまず不可能だ。


 いや、そもそも12日のCDと他の日付のCDを入れ替えるためには、12日のCDの撮影が終了してからでないといけない。12日のCDの撮影が終了するのが13日の午前0時0分だから、その時刻まではCDの入れ替えはなかったと考えるべきなのでは?


 13日の午前0時。その時刻に警備室のエレベーターを利用できるのは……ハル・アンダーソンだけ?


 ――被害者しか、映像の入れ替えトリックができない。


「嘘だろ」


 まさか、自分の主張を自分で覆すハメになるとは……最悪の展開だった。

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