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調査(15) シフト表

 警備員のシフト表によると、アンドレ・マクハーシュは11月8日、9日、10日までここで警備をする予定であった。


 それはちょうどクラウディアがホテルにやってきたと証言した日付と一致する。


 クラウディアは11月10日の午後9時頃にホテルの屋上へやってきた。彼女はその時刻に警備員を襲った。


 これらの情報を論理的に組み合わせた場合、被害者となるべき人物はアンドレ・マクハーシュであるはずだ。


 だが、実際の被害者はハル・アンダーソンだった。


 シフト表によれば、ハル・アンダーソンは11月11日、12日、13日に出勤予定であった。


 それ以降はドミニク・ロイド、アンドレ・マクハーシュ、ハル・アンダーソンの順番で三日おきに一巡する形でシフトが組まれている。


 検察側の主張では、クラウディアは11月11日にホテルに現れ、被害者を殺害したことになっている。


 確かにこれならば矛盾はない。破綻のない論理になる。齟齬が生じるのは、クラウディアの証言があるからだ。


 誰が嘘をついている?それとも全員が真実を言っているのか?


 そしてアンドレ・マクハーシュ。この人物は何者だ?


「あの、一ついいですか?」僕はロイド警備員に質問する。「アンドレ・マクハーシュが会社を辞めたのは11月のいつ頃ですか?」


「さあ?確か、事件が起こった前日だったって聞いてますけど……」


 ロイド警備員は無精ひげのはえるアゴを摩りながら、何かを思い出すように答える。


 ――事件の前日か。


「それはつまり、11月10日ということですか?」


「あ、すいません。間違えました」


 ロイド警備員はなにかを思い出すように間延びしながら言う。


「そうだ、思い出した。11月11日ですよ。事件の通報があったのが11月12日で、その前日に辞めたって上司に言われました」


 ――おかげで休みが一日潰れましたよ、とロイドは疲れた表情で言う。


 僕は少し妙に思った。


 シフト表によればハル・アンダーソンのシフトは13日までだ。ハル・アンダーソンが検察の主張通り11日に殺害されたのであればロイドは休日を2日潰し、12日から警備につくべきではないのだろうか?


 それはクラウディアの証言が正しい場合も同様で、ハル・アンダーソンが10日に殺害された場合は11日以降のシフトが空いてしまうため、シフトを埋めるためにはロイドは11日から働かないといけなくなる。


 その疑問を口に出すと、ロイドは「上司から言われたんですよ、13日から来て欲しいって。それまでは人手があるから大丈夫だってあの時は言ってましたね」


 ロイドは記憶をたどりながら言葉を発する。そのせいか言葉が途切れ途切れであった。


「詳しいことはわかりませんけど、検察庁から直接そのような要望があったそうです」


「検察?」


 なんでここで検察が出てくるんだ?検察の仕事は被疑者を告訴、刑罰を与えることだろ?


 確かに検察には捜査権はあるが、それは主に警察と協力しながらの補助的な捜査が基本だ。検察が独断で現場に介入するようなことはほとんどない。


 ――よほど特殊なケースでもない限り、検察は警察が収集した証拠を基に犯人を起訴、有罪にする。現場で証拠を集めるのは警察。犯人を起訴するのは検察。縄張り意識の強い警察組織にとってこの不文律は絶対であり、犯すことのない組織のルールだ。


 何かあったんだ。11月の12日。事件以外の部外者を現場に立ち入れさせたくない何かしらの事情がここにあった。


 奴らは何かを隠している。でも、一体なにを?


 11月12日とはつまり、通報があった日だ。現場には物言わぬ死体があるだけで、事件はすべて終わっていた。


 確かに警察には現場を保存する義務がある。しかし、いくら国家権力といえども民間の企業が所有する建物を丸々管理下に置くことはできない。


 せいぜい庭園と展望台を立ち入り禁止にするくらいだろう。といってもそれも捜査をしている時間帯だけで、時間が過ぎればその場所も解放しなければならない。


 警察が強権を持てるのは不法行為者だけであり、そうでない人に対しては何の権利も持てない。


 ――独裁国じゃないんだ。


 だから、検察は現場に介入したのか?なぜ?


 ややこしい。余計にわからなくなった。


 僕はふと警備室の隅にある扉を見つけ、質問した。「あれは何です?」


「え?ああ、あれはエレベーターです」


「エレベーター?どうして警備室にあるんですか?」


「そのエレベーターは3階のモニタリングルームにつながっているんですよ」


 ロイド警備員は天井を指さした。きっとその指先は天井よりもさらに上の空間を示しているのであろう。


「モニタリングルームっていうのはつまり、監視カメラの映像を見るための部屋ですか?」


「そうですよ」


 なんだかよくわからなかった。


「あの、じゃあここにある監視カメラの映像は?」


「ああ、これは3階にある映像のうち、玄関ホールや屋上みたいな重要なところだけ映しているんですよ」


 ――ここのホテル、監視カメラだけで100台以上あるから、一度に全部は見られませんよとロイド警備員はため息混じりに言う。


「それでは、3階に行けばすべての映像が見られる?」


「ええ、そうなりますね。ただ3階のモニタリングルームには精密機械が沢山あってスペースがあまりありませんから、滅多に利用しませんけどね」


「へえ。どんなときに利用するんですか?」


「ああ、そうですね。非常時とか、あとはCD-Rを交換するときですかね」


 最後の言葉は聞き捨てならなかった。「ちょっと待ってください」


「CD-Rの交換は3階で行うのですか?」


「ええ、そうですよ。これも警備員の仕事ですから」


 僕はイスを立ち、そして言う。「あの、よかったら三階に行ってもいいですか?」


「それは無理ですよ」警備員は手を横に振って否定した。


「どうしてです?」


「だって……」ロイド警備員は人差し指で自分の瞳を指差しながら言う。「関係者の網膜データと指紋データが一致しないと3階には行けませんから」


 ――生体認証システムがある限り、誰も3階には入れませんよ、とロイド警備員は言った。

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