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調査(14) ホテル 警備室 


 警備室の扉を開けると、室内から生暖かい風が溢れ出た。室内を覗くとくたびれたソファとガラス製のテーブルがある。その上に飲みかけのペットボトルやら食べたばかりの汚い皿やらが散乱している。


「ちょ、ちょっとなんですか突然ッ!ここは関係者以外立ち入り禁止ですよッ!」


 今までダラダラしていたのだろう、突然の来訪者にイスからずり落ちそうになりながらも体勢を立て直した警備員が慌ててこちらに駆け寄ってくる。


 警備室の奥には複数のモニターがあり、その一台一台にモノクロの画面が映し出されている。


 モニターからはコードが伸びて、机の上に整然と並べられている黒い装置につながっていた。


 ――あれが監視カメラの録画装置か?


 僕が覗き込もうとすると、警備員の体がそれを遮った。


 ――僕より年上かな?


 30代よりちょっと手前といった容貌の警備員がそこにいた。目の下にはクマができていて、アゴからは無精ひげが生えている。不健康そうな顔だった。

 制服からは若干汗臭さが漂っていて、随分ながく洗濯していないことはすぐにわかった。


「あの、ここは部外者は立ち入り禁止なんで、今すぐ出て行ってください」


「うん?ああ、すいません。僕、こういうものです」


 面倒くさそうな顔をする警備員に僕は名刺を差し出す。警備員としては早く出て行って欲しいのであろうが、こっちもそういうわけにはいかない。僕は警備員が名刺を受け取ってしげしげと見ている間に警備室に入り込んだ。


「あ、ちょっと、勝手に入らないでください、えーと、弁護士?」


「そうです。実は今、11月にこのホテルであった殺人事件について調べているのですが、よかったら捜査に協力してもらえませんか?」


 わざわざ事件関係者と敵対する必要もない。僕は敵愾心を煽らないように、笑顔を作って話しかける。


 ……笑顔は通じないようだ。警備員は眠そうな眼を擦りながらも僕から注意を逸らさない。


「事件のことはお答えできません。本社より何も言うなってお達しがきてるもので。だから何も協力はできません」


「まあまあ、そう言わずに。僕は警察職員ではありませんので捜査権はありませんが、情報公開請求権というのはあります。弁護士法って知ってます?」


 警備員は警戒心を解かず、疑わしい目つきになる。「いいえ」


「そうですか、それは残念。とにかく、弁護士会を通じてここの警備会社に事件に関する情報を公開するよう請求しました。既に了解はとってあります。なんなら確認してもらってもいいですよ?」


「そうします。確認が終わるまで何もしないでください」


 警備員は電話の受話器を手にとって番号をプッシュする。おそらく彼の上司に相談しているのであろう。


 確かに弁護士法には情報公開に関する規定がある。ただし、それは情報公開制度であって、権利と呼べるようなものではない。


 だから警備会社は断ることもできる。だが、そんなことを警備会社の人間が知っているわけもなく、大抵はこちらが強気で押せば要求は通る。


「はい、はい……わかりました」


 警備員はしばらくの間なにかしらのやり取りした後、はあとため息をつく。おそらく彼の上司か、もっと上の役職の人間なのだろう。僕に対する高圧的な態度と違い、やけに物腰が低い。


 もっとも、これからはその低い態度で僕に接してもらうことになるのだがな。


 僕がついた嘘は情報公開請求制度についてのみ。それ以外は本当だった。このホテルに来る前の段階で警備会社には既に連絡を入れている。


 もっともそれはダニエルという弁護士が調査をしていることと、事件に関する協力を依頼するといった程度のもの。民間の会社が弁護士の協力を断る理由もないし、機密情報に触れるような内容でなければ協力してもいいという程度の当たり障りのない捜査協力の了解であった。


 当たり障りがあろうがなかろうが、そんなものは現場の人間には関係ない。上司がゴーサインをだせば、下の人間はそれを信じて行動するだけだ。どこまで協力するかなんて細かいことをわざわざ気にする人間はそうそういない。



 弁護士から連絡があったこと、捜査協力への了解があったこと、この二つが揃えば後は簡単だった。


 警備員は受話器を置いて言う。「先ほどは失礼しました。今本社の確認がとれました。弁護士さんの捜査に協力させていただきます」


「いえいえ、こちらこそ連絡が遅れて申し訳ありません。では早速、事件について教えていただけますか?」


 僕はさも当然といわんばかりに言う。警備員はそれを疑いもせずに「構いません」と答えた。


 ――嘘をつけば他人を操るのなんて簡単だな。僕は内心そう思いつつ、平静を装う。



「じゃあ、まず事件当日のことなんですけど、えーと、失礼ですがお名前をうかがっても?」


「ドミニクです。ドミニク・ロイド」


 ロイド警備員は「よかったら座ります?」とイスに座るように促したので、僕はそこに腰掛ける。彼は隣に座った。


「ロイドさんは今日は警備の仕事中なんですか?」


「ええ、そうですよ」


 ひどく眠そうな顔をする。一瞬あくびをしそうになったが、口を閉じてなんとかあくびを喉元に押し込んでいた。


「大変そうですね。徹夜ですか?」


「いえ、一応仮眠はとりました。ただ、先月から僕一人でずっと警備をしているもので」


「一人?他に警備員は?」


 そこまで質問して思い出した。――そういえば被害者が警備員だったか。


 ロイド警備員はそのことに気づいていたようだが特に口には出さない。ただ一言、「今は僕一人だけなんです」と恨みがましく呟く。


「代わりの警備員はいないのですか?」


「この時期はどこも人手不足で。一応本社には言ったんですが……たぶん応援はこないでしょうね」


 疲れた表情で笑う。大変そうだな。


「じゃあ、事件があるまでは二人で警備をしていたんですか?」


「警備の仕事は元々一人だけですよ。今はこのホテル休館中ですからそれほど厳重な警備は要りません。出入り自由といっても盗むような高価なものもありませんし」


「でも一階の通路に高そうな絵画がありましたよ」


「ああ、あれ全部保険がかかってるんですよ。模造品だから美術的価値もないし、盗まれた方がかえって利益がでるそうですよ」


 僕は「ああ、そうなんですか」と頷きつつ、皆ちゃっかりしてるなと思った。


「警備の仕事はシフト制なんです。他のスタッフと交代しながら警備をします」


「そうなんですか?じゃあロイドさんは殺された被害者について何も?」


「知りません。たまに顔を見合わせることはあったけど、特に話したこともないし」


 僕は今聞いたことをメモする。手帳にメモしている途中、ロイド警備員が気をきかせて「よかったらシフト表見ます?」と言ってきた。


「いいんですか?」


「まあ、基本はダメなんですけど、本社の了解もありましたし。関係者なら大丈夫ですよね?」


「ッ!……そ、そうですね」


 乾いた笑いをしてその場を誤魔化した。危ない危ない。動揺して余計なことを言うところだった。


 僕はA4サイズのコピー用紙を受け取った。シフト表は10月分と11月分、12月分があった。


 11月のシフト表を見る。シフト表は日付ごとに名前が印字されており、だいたい1人の警備員が3日おきに他のスタッフと入れ替わるようにシフトは組まれていた。


 警備スタッフの名前にはドミニク・ロイドの名前と被害者の名前ハル・アンダーソン、そして……


「あの、ロイドさん」


「はい?」


「このアンドレ・マクハーシュという人も警備員なんですか?」


 僕はシフト表を指差す。そこにはアンドレ・マクハーシュという名前が印字されていて、ドミニクは前かがみになって覗き込んだ。


「ああ、はい。そうですよ。本当なら彼と僕、あと死んだ被害者の三人で交代しながら警備をする予定でした。でも二人も同時にいなくなっちゃったから」


 ――うん?


「いなくなったって、誰がですか?」


「だから、被害者とそのアンドレです。11月頃に突然警備員を辞めるって本社に連絡があって、それ以降連絡がとれてません。本当いい迷惑ですよ、あいつのせいでこっちは休みなしで警備の仕事をすることになったんですよ」


 ドミニク・ロイドはブツブツと文句を垂れていた。だが、既にその愚痴は耳に入らない。


 僕はアンドレ・マクハーシュのシフトを確認する。


 11月。アンドレ・マクハーシュが本来警備をする予定だった日付は、8日、9日、そして10日だった。


 ――いた、こいつだ。


 探し物が見つかった。そんな気分だった。

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