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調査(12) ホテル 庭園

 庭園はホテルの外にあるため、一旦玄関から外に出た。そして所長からもらった事件現場の上面図を思い出す。


 ――あの現場は確か、ホテルのすぐ近くだったよな?


 僕は壁伝いに庭園に向かった。その途中に妙な格好をした石像やら人型の生垣があったので、これがきっと所長が言っていた変なオブジェなのだろう。


 確かにこの石像はどこか妙ちくりんだった。ただどこがどう変なのかを説明するのに苦労する。そして気がついた。


「すっげー不細工だな、この女の人」


 僕はおそらく女神を象っているであろう石像を見て、小さく呟いた。豊満な体つきにしなやかな腕と脚をしているのだからさぞかし美人なのだろうと思って顔を見上げると、そこにはひどく醜悪な表情をした女の顔があった。


 ――もっと上手く造れよ。


 庭園のブサイク像はこれだけではなかった。他にもモンスターを象ったのであろう像がいくつか散見されたが、どれもこれもひどい表情をしていて、これでは戦おうという意欲が削がれる。


 庭園を歩き続けるとやがて目的地に到着した。写真で見た通りの白馬の騎士の姿がそこにあったのだが、まじまじと見るとやはりこの像の表情もブサイクだった。



 ――何がしたいのだろう?このホテルの人は?


 すごく気になったが事件とは関係ないような気がしたので、忘れることにした。


 僕はとりあえず現場の写真をとる。白馬の騎士の像は高々と本物の剣を振り上げていた。その刃にはさすがにもう血痕は残っていなかった。


 ――そういえばここって事件現場なのに、あれがないな。


 通常、刑事事件が起こった場合、特別な事情がない限りは三日から一週間ほどしか現場は保存されない。そして殺人事件はその特別な事情にあてはまるため、基本は事件が解決されるまで事件現場は保存されることになる。


 事件解決の定義は所管する警察局によって異なるが、この地域なら被疑者を告訴、有罪判決が出た時が事件解決のタイミングになる。


 殺人事件といっても審理の期間はそれほど長くはない。他の刑事事件同様に一週間から十日間が殺人事件の平均的な審理の期間だ。


 よほど特殊なケースでもない限り第一審の刑事裁判が一年や二年と長期にわたることはない。


 これは刑事事件の件数に対して裁判官と検察官の数が圧倒的に不足しているため、一つの事件に割ける時間がどうしても短くなってしまうからだ。


 この国の警察機関は優秀だ。優秀ではあるのだが、絶対に間違いをしないとも限らない。


 冤罪の可能性は――あるかもしれない。今はそれを信じて捜査するしかないな。


 僕は庭園を見渡した。ホテルの方を見ると、そこには一面ガラス張りの窓が見えた。奥には通路がある。


 ――あそこから撮影したんだよな。


 僕は裁判を思い出す。確か、あそこに設置されている監視カメラがこの庭園の様子を撮影していた。


 僕はホテルに近づく。そしてガラス越しに通路を隅々まで見渡すと、確かに監視カメラがあった。


 ジーッとレンズをこちらの方に向け、休むことなくカメラは監視を続けていた。天井に設置された監視カメラは赤いランプが点灯しているので、今も稼働しているようだ。


 ――じゃあ、今日も警備室には誰かがいるのか?


 なんだか急に気恥ずかしくなり、僕はガラス窓から離れた。といっても今までの一連の行動は既に遠くにいる警備員に見られているのだから、手遅れではあったのだが。


 踵を返して後ろを振り向く。監視カメラの映像を思い出し、今のこの景色とどこかに違いがないか確かめてみた。


 ――雪がないよな。当たり前だけど。


 事件があってから既に1ヶ月は経過している。いまだに雪が積もっていたらそれこそどうかしている。


 僕はゆっくりと白馬の騎士の石像に近づいた。そしてその後ろを見る。すると、今まで石像に隠れて見えなかったが、地面に白い丸線があった。


 丸い線の正体は輪っかになった紐で、その上にはプラスチックプレートが置いてあった。きっとこれが重しの役割を果たしているのだろう。プラスチックプレートには数字の4が書かれていた。


 これは警察が現場を保存した痕跡だろう。数字の4は警察が押収した証拠番号で、紐はここに証拠があったということだ。


 本来であればチョークを使って証拠があった痕跡を残すのだが、庭園の人工芝生の上にチョークはかけなかったのだろう。


 ……いや、違うか。


 ここの現場は事件当時、雪が積もっていた。地面が芝生かどうかに関係なく、チョークなんてかけなかった。


 それにこの場所。よく考えてみれば、事件当時にここに何があったのかは明白だった。


 この石像との位置関係から見て間違いない。事件があった日、ここにあったのは被害者の腕だ。


 被害者は空から落ちてきて石像に衝突、その際に腕を根こそぎ切断された。


 嫌なシーンが脳裏に蘇った。僕は一度頭を振ってそのビジョンを脳内から叩き出した。


 ここに腕があるのならば、肝心の体はどこにいったのだろう?


 僕は監視カメラの映像を思い出す。あの映像によれば、切断された腕はそのまま地面に落ち、残された体は生垣に一度落ちた後、そのまま反動で向こう側へ落ちた。


 生垣は石像の近くにある。映像では小さく感じられたが、実際に見てみると僕よりも身長があった。


 僕の身長が1メートル70センチだから、この生垣はそれよりも大きい。2メートルほどだろうか?


 僕は生垣を迂回して後ろ側へと回り込んだ。体が反対側に落ちたのだから、当然生垣の後ろ側にもアレがあるだろうと思ったからだ。


 しかし、生垣の後ろ側には何もない、ただの人工芝が生えているだけだった。


 ――あれ?なんでこっちには紐と数字入りのプラスチックプレートがないんだ?


 そこにあるべきはずのものがない。それだけのことなのに、妙な気分に襲われた。


 警察は事件と関わり合いのあるものならばどんなものでも証拠として保管する。なによりも、遺体の一部はきちんと証拠として保管しているのに、肝心の体については何も手をつけていないというのはどいうことなのだろう?


 ――あとでケイトに確認してみるか?


 あいつに何か質問をするのは正直気が咎めたが、これも弁護士の仕事だ。仕方がない。


 僕はため息をつく。そしてさらに現場周辺を見渡したが、これ以上ここにいても何も見つからないだろう。庭園はひどくこざっぱりとしていて、目立つようなものは石像くらいだったから。


 最後にカメラで庭園を撮影すると、僕は再び玄関ホールに戻った。

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