表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/119

調査(9) ホテル

 喫茶店ではその後、ジェシカ・ベルキューズという女性がどういう人間なのかを知るためにいろいろ話をした。


 ぎこちない表情で笑う彼女は質問すれば基本的にはなんでも答えてくれるが、あまりプライベートな内容については話したくないらしく、家族のことを質問しても「えへへへ」とはぐらかされてしまった。


 ――秘密が多そうだな。もっとも仕事さえちゃんとしてくれればそれはどうでもいいか。


 わかった事といえば既に大学から入学案内は届いていて、入学金さえ払えば来年から大学生になれるらしいこと。もっとも、そのお金がないから下手をすると二浪するかもしれないらしい。


 ――計画性がない、それがちょっと不安だった。


 若干18歳、2月には19歳になるらしいこの女魔法剣士の素性がだいたい把握できたところで、僕らはようやく喫茶店を出ることにした。


 ――航空券の便は今晩。明日の早朝には目的地に到着すると教えると、ジェシカは口元に笑みを浮かべて、


「いってきます。ダニエルさん」


 一点の曇りもない表情でそう言うと、彼女は手を振りながら走っていった。


 彼女の背中が見えなくなるのを確認すると僕は踵を返し、事務所に戻ることにした。彼女にやることがあるように、僕にもやるべきことがある。


 事務所に戻る前に本屋に寄ってウェストミンスターホテルの資料がないか調べてみた。


 旅行雑誌を手に取るとさすが一流観光ホテル、すぐに見つかった。僕はそれを購入すると店の外で早速開く。ホテルの電話番号を確認すると携帯で連絡した。


 トゥルルルル……呼び出し音がしばらく続くと、やがて男性の野太い声がした。


『お電話ありがとうございます。こちらウェストミンスターホテルでございます』


「もしもし、私……」


 一瞬、名前を名乗ろうと思ったが、止めた。変に警戒されるよりも客のフリをした方が良さそうだ。


「あの、実は明日宿泊できるホテルを探していたのですが、まだ空いている部屋はありますか?」


『申し訳ございません、お客様』電話の相手はその野太い声には似合わない、慇懃で礼儀正しい口調で続ける。『只今当ホテルは休業中でございまして。宿泊予約は承れません』


「休業中?」


 12月のこの時期にか?いや、殺人事件のあったホテルだから、醜聞を嫌って休業にしたのか?

 一瞬そう思ったが、旅行雑誌のホテルの欄の片隅に赤文字で、


 ※10月11月12月末まで改装のため一時休業致します。


 と但し書きがあった。


 11月も休業?ということは、事件のあった日は宿泊客はいなかったのか?それと、休業中であるのなら今話している相手は誰なのだろう?


「では、ホテルには入れないのですか?展望台を見たかったのですが……」


『それでしたらご安心ください』電話の相手は努めて明るい声を出そうとしていた。だが、地声が野太いせいか、これだとかえって相手を威嚇しているようにしか聞こえなかった。


 ――この人、接客向いてないな。


 と僕がどうでもいい感想を抱いている最中も、野太い声は礼儀正しく説明を続けた。


『当ホテルでは現在、24時間館内の出入りが可能でございます。展望台のご利用はもちろん、庭園、屋内プール、レストラン、スポーツジムなどあらゆる施設を利用することができます。もしもお近くに寄る際にはぜひお越しくださいませ』


 ――ただ、と電話の相手は付け加える。


『展望台と庭園は一部立ち入り禁止とさせていただいておりますので、あらかじめご了承ください』


 展望台と庭園か。つまり、殺人現場ということか。


「そうですか。それならぜひ明日、立ち寄らせていただきます」


『ありがとうございます』


 と野太い声が慇懃そうに言う。


「ちなみに」僕は相手の声が聞こえなくなるのを確認してから言う。「あなたはホテルの従業員の方で?」


『左様でございます。当ホテルで支配人をさせていただいているライカルトと申します』


 支配人?なんでそんな人が受付をしているんだ?


 こちらの疑問を読み取ったのか、ライカルトは野太い声で続ける。『只今当ホテルの従業員は皆休暇中のため、私が受付を対応しております』


「そうなんですか?でも、それだとセキュリティとか問題ありません?」


『とんでもございません』ライカルトは野太い声で慌てて否定した。『当ホテルの警備は常に万全で、現在も24時間体制で警備員を常駐させておりますので、ご安心くださいませ』


 その警備員が殺されたのでは?と突っ込みを入れたかったが、善意の第三者を装って聞いているのでそれについては特に口には出さなかった。


 その後も話を聞いてみたが、これといって大きな手がかりはなかった。電話を切って改めて今のやり取りを反芻してみた。


 ――事件当日、ホテルは休業中だった。


 でも、出入りは自由だった。支配人は一部立ち入り禁止の場所があると言っていたが、これは殺人現場のことだろう。


 そうすると、事件当日はまだ立ち入り禁止ではなかったはずだから、庭園も展望台も立ち入りは容易だったということになる。


 なんだろう、すごく妙な気分だった。この気持ちを言葉に表すのならば……


 ――出来過ぎ、ではないのか?


 まるで殺人事件のお膳立てをするような環境だった。


 宿泊客はおらず、従業員も休暇中。

 出入りは自由だが、セキュリティシステムは機能している。


 おいおい、誰かに邪魔されずに何かをするには絶好のタイミングだよ。


 偶然か?それとも必然か?


 いや、偶然のはずがない。誰かの意図が働いている。そう思えてならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ