調査(8) 面接
「じゃあ、契約書にサインして」
僕はカバンから契約書と誓約書を取り出して机の上に並べる。ペンを渡すとジェシカはそれを疑うことなく受け取り、スラスラと内容を特に読まずに氏名の欄に名前を書き込んだ。
それを内心ドキドキとしながら見守った。なにせ誓約書にはたとえ死亡しても一切の責任は雇用者になく自分にあるなんて書いてあるのだ。こんなものを読んだら十代の少女なら怖気ずいてもおかしくない。
だが、ジェシカはそんな様子を微塵もみせず、最後にサインをいれて契約は終了した。
「できました」
「ありがとう」僕は契約書をカバンに仕舞う。「それじゃあ、詳しい話に移ろうか」
「まず君にやって欲しいのは、被告の実家を見つけること」
「それは森のどこにあるんですか?」
「詳しくはわからない」僕は即答した。「ただ、川の付近にあるらしい」
ジェシカは首を傾げて問う。「川っていっても沢山ありますよね?」
「そうでもない」僕は否定した。「ダークフォレストを流れる川はフラステ川の一本だけ。途中で枝分かれはしていないから、上流から下流に向かって進んでいけば見つけられる」
「上流はどこにあるんですか?」
僕は地図を広げた。そこにはダークフォレストとその周辺の国々が載っている。
「ダークフォレストの北側にはサドム共和国がある。フラステ川の上流はここにある。あとはただひたすら南下するだけ」
ふむふむとジェシカはメモをとっていた。「先生、質問です!」
「家を発見したらどうしたらいいんですか?」
「いい質問ですね」僕は特に突っ込むことをせず、その場のノリに合わせた。わりと惚けた性格だが、慣れてくると少し楽しかった。
「発見した後にして欲しいこと、それは僕への連絡です」
「でも、ダークフォレストって無国籍地帯ですよね?」ジェシカは眉根を寄せて、考え込みながら言う。「電波塔なんてあります?」
「なかなか鋭い視点だな」ちょっと感心した。「もちろん、ダークフォレストに電波塔はない。いくら電波を探しても圏外だ。携帯電話は使用できない」
――そこで、と僕は前置きをして、航空券とは別にもう一つ、事前に用意したものを机の上に置く。
「衛星電話を使ってくれ。これならこの星のどこにいても電波が通じるから」
――あとレンタルだから絶対に持ち帰ってくれよ、と僕は念を押す。
衛星電話は高いのだ。弁償したくない。
「航空券、衛星電話、なんだかワクワクしてきますね」
衛星電話を持って妙にハシャグ彼女にもう一つ、デジタルカメラとフィルム式カメラの両方を渡した。
「あれ、なんでカメラが二つあるんですか?」
「用心のため」僕は即答する。「デジタルカメラはバッテリーがないと使えないし、フィルム式は場所によっては撮影できないときがある」
「場所?」
「フィルムはX線をかけると使えなくなるから。たまにいるらしいんだよ、X線を放射するモンスターが。あと空港でX線検査をかけられるときはカメラは別にしてもらって」
「ふーむ。了解です!」
ジェシカは「そうなんだ、勉強になるなあ」なんてつぶやきながら今いったことをメモした。
実はいい子なのかもしれない。
「で、被告の実家を見つけた後なんだけど、もし家を発見できたらまず外観と内装を撮影して欲しい」
「不法侵入になりません?」
「ならないよ」僕はキッパリ言う。「不法侵入罪なんて法律は国があるからできる。無国籍地帯に法律はない。だから何しても罪に問われないよ」
「そっか。無国籍地帯ってことはそもそも外国でもないんですよね」
「そういうこと」と僕は子供になんて悪いことを教えているのだろうとちょっと良心が痛んだ。
「撮影するときはデジカメとフィルム式の両方で撮影してね」
「はーいッ!」
ジェシカは元気よく答える。
「それで写真を撮影した後なんだけど、家にあるものを持ち帰ってきて欲しい」
「うーん、でも沢山あったらどうします?」
「そのときは厳選するよ。できるだけ彼女の出生に関わるようなものがいいな。特に被告のお父さん、祖父、その関係者の情報がないか探してきて」
「うーん、わかりました」
そろそろ頭がパンクしそうなのかもしれない。ポリポリとジェシカは緑色の頭をかいた。
「急いでいるんだ」僕はジェシカに言う。「ここで見つかる証拠次第で、被告の今後の人生が変わる」
ジェシカは丸い目を瞬かせる。「人生ですか?」
「そうだよ。責任は重大だ。君にしか頼れる人がいない。やってくれるか?」
「はい!」特に考えることなくジェシカは答えた。「私、やっちゃいますよッ!任せてください!」
おそらく何も考えずに発言しているのだろう。けれど、この事件に関わって以来、初めて安らいだ気分になった。
――とりあえず、味方になってくれる人はいる。
……本当に、こんな良い子に騙すようなマネをして申し訳なく思った。




