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調査(7) 面接

 ――ごほん、と僕はセキを一ついれて場の雰囲気を変える。


「僕が君に依頼したいのは――証拠品の収集です」


 僕は手短に裁判の経緯を話した。といっても依頼人との守秘義務もあるので、あくまで事件の触りと、どうしても被告人の実家を調べておきたいその理由だけ伝え、核心には触れないでおいた。


 僕の話をジェシカはふむふむと熱心にメモにとりながら聞き取る。一生懸命にメモをとる彼女の仕草はどこかリスが餌を食べている姿を思わせた。


「要するに……」ジェシカはメモをとりながら言う。「そのダークフォレストに行って、調査をして欲しいということですか?」


 妙にひっかかる言い方だった。この子、もしかして……


「あー、ちなみに一つ確認したいんだけど?」


「はい?なんでしょう?」


 キリッとした表情をしている。これが彼女の真面目モードの顔なのかもしれない。


「ダークフォレストって知ってる?」


「ん?知ってますよ。森ですね」


 一点の曇りもない顔で、朗らかに説明をする彼女。


 ――いや、そうなんだけどさ。なんだろう?間違っていないのに、何かが間違っている気がした。


「ただ詳しい地理はわからないんですけど、電車で行けますか?」


「……電車じゃ無理だよ」


「じゃあ、飛行機?」


 ジェシカは小首を傾げて答えた。


 僕はバッグから事前に用意しておいたモノを机の上に置く。


「それは?」


 ジェシカが不思議そうな顔で覗き込んできた。


「航空券。グリムベルドからサドム共和国までの飛行船が出てくるから、途中までは飛行船。ただし、そこから先は歩きだよ」


「じゃあ、海外旅行ですね!」


 パッと顔を輝かせるジェシカに、僕は一瞬閉口したが、とにかく話を続けた。


「ちなみに、パスポート持ってる?」


「えへへ、当たり前じゃないですか。私、フリーの傭兵ですよ。持ってますって。それに今の時代、持っていない人なんているんですか?」


 ――クラウディアは持っていなかったがな。


 ……いや、そもそも国籍がないから持てないか。


「それで、私は何をしたらいいんですか?ダニエルさんの護衛をすれば?」


「いや、僕の護衛はいい」コーヒーを一口飲み、続ける。「他にやることがあるから」


「僕はこれからウェストミンスターホテルに行って現場を調べる。君には一人で現地に行って調べてきてほしい」


「うーん、調べるだけか。簡単そうですね!」


 思わずコーヒーを吹いてしまった。「大丈夫ですか?」とジェシカがナプキンを手渡してきたので、それを受け取って口元を拭いた。


「あの、一応言っておくけど、ダークフォレストは隔離指定区域なんだけど、知ってる?」


「はい、知ってますよ!」


 ジェシカはなぜか嬉しそうに言う。この女、事の重大さがわかっているのか?思わずはっ倒したくなった。


「あれですよね、ちょっと危ない場所だから、子供は近づいちゃダメってところですよね」


 ――うわあ、間違ってないのになんだろう、全然違う気がする。


「っていうか、君そもそも年いくつ?」


「ええ?女の子に年を聞くなんて失礼ですよ?」


「いや、君、そんな年でもないでしょ?」


 ジェシカは「えへへへ」と頭をポリポリと照れくさそうにかく。


「実は私、18歳なんです」


 ――若すぎだろ。「学校は?」


「一浪して、これから大学に通う予定なんです。傭兵の仕事は大学の学費を稼ぐためにやっていて」


「大学って君、奨学金とか申し込まなかったの?」


「申込みましたよ。ただそのお金、ギャンブルですっちゃいました……」


 ――えへ、とジェシカは笑い、「あ、でもまだ半分残ってるんですよ。どうしてもあと10万必要なんです」


 10万?その言葉がひっかかった。


「そ、そうなんだ。へえ、じゃああと10万Gゴールドあればいいの?」


「うーん、そうですね。うん、そうです。あとどうしても10万Gゴールド必要なんです」


 正直な話、僕には優秀な傭兵を雇えるだけの予算はない。だからフリーの傭兵を探していたのだが、それでも50万Gゴールドくらいはかかることを覚悟していた。


 だが、10万Gゴールドか。


 僕は彼女を見る。ジェシカは見られているのに気がつくと、「えへ」とぎこちない表情を浮かべた。


 ――この子、たぶん傭兵の相場なんて知らないよな。


 一瞬、暗い感情が頭をよぎった。


 ハッ、いかん。こんな子供を騙すなんて、僕は何を考えているんだろう?でも、傭兵を10万Gゴールドで雇えるのは魅力的だった。


「ところで君、ご両親とかはこの仕事をしていること知っているの?」


「あー、えーと、実は私、親はいなくて」


「え?」僕は驚きつつも、内心ガッツポーズをとっていた。


「三年前に事故でなくしちゃって、それ以来、たまにこうやって傭兵の仕事をして収入を得ています」


「そっか、それは辛いね」


 僕は同情する。そして内心思う。


 ――ということは、この子が死んでも誰にも恨まれないということか?


 傭兵が死んで一番困るのは、遺族からの慰謝料請求だ。危険な任務についているのだから死ぬのも覚悟の上なわけだが、それでもごくたまに遺族から慰謝料請求がくることがある。


 普通の裁判なら、まず雇用者が負けることはない。だが、目の前にいるのは18歳という、明らかに傭兵に向いていない年齢の少女。


 こんな幼気な女の子を傭兵として雇って死んだら、絶対裁判で負けるな。


 ――でも、裁判を起こす人がいないなら、そもそも負けもしないな。それに、死んだら依頼料を払わずに済むし。


 僕は彼女の両手をそっと握りしめ、そして言う。「感動したよ。君を雇う」


「本当ですか、ダニエルさん、あの、ありがとうございます!」


 パッと顔を輝かせるジェシカを見ていると、なんだか騙しているようで気が引けた。


 ――騙してないよな?真実を巧みに隠しているだけだよな?


 ああ、だんだん汚い大人になっている、そんな気がしてならなかった。


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