調査(5) 面接
扉を開けるとハーブの香りがした。
そこは喫茶店だった。図書館で電話をしてきた傭兵志願者と待ち合わせるために選んだ場所が、この少し寂れた喫茶店だった。
「いらっしゃいませ」
初老の喫茶店のマスターが声をかけてくる。「お一人ですか?」
「いえ、待ち合わせなんですが……」
僕は店内を見回す。今や外は大雨で、傘をさしても濡れるほどだ。僕も全身がびしょ濡れで、正直こんな格好でお店に入るのはなんだか気が引けた。
喫茶店は薄暗い。オレンジ色のライトが天井より降りそそいでいるが、年季がはいっているせいか、ただ単にボロいだけなのか、どうしてもカビ臭さが拭えなかった。
「まだ、来てないみたいですね」
僕は初老のマスターに声をかける。喫茶店には複数の客がいたが、どれも傭兵というには少し年齢を取りすぎているように見えた。
何より電話の主の声は女性で、かなり若かった。喫茶店には確かに女性もいたが、白髪頭に老眼鏡をかけている若者はいないだろう。
僕は空いているテーブルに腰掛けて、コーヒーを注文した。ついでに、弁護士を探している人がいたらここに呼んでもらえるように頼んでおいた。
初老のマスターはフサフサの口ひげをもごもごと動かして、「かしこまりました」と返事をすると、ゆったりとした動作でカウンターの奥へと戻っていった。
窓際のテーブルだったため、外の景色が見えた。窓越しに見える外の風景は暗く、空から降る大粒の雨が地面を鳴らしていた。強い風のせいで窓もカタカタと揺れていて、そのうち壊れてしまいそうだった。
――からん。喫茶店の扉が開き、ベルが鳴った。
「うわーん、濡れちゃったーッ!」
見ると、そこには10代ほどの少女がいた。緑色のショートカットと丸々とした愛嬌のある瞳をした少女で、黄色のコートを着ている。
ただの客か……と思ったが、その腰には物騒なものがあった。
――今時の女の子は剣を持ち歩くのか?
「ぐすッ。傘持って来ればよかった」
少女は悲しそうに目を伏せ、濡れた前髪をかきあげる。水滴がしたたるその額には小さいけれど目立つ傷があった。
「お客さん、よかったらこれ使って」
初老のマスターは新たな来客に近づくと、そっとタオルを差し出した。
「うわぁ、おじさん、ありがとうッ!」
先ほどまでの鬱々とした表情は消えて、パッと顔を輝かせた彼女はタオルを受け取り、顔よりも先に髪を拭いて前髪を戻した。額にあった傷は消え、もう見えない。
僕は彼女から視線を逸らし、窓の外を見る。心なしか先ほどよりも雨の勢いが衰え始めていた。
――もうすぐやむかな?それより、既に約束の時間が過ぎていた。
僕は腕時計を見る。僕自身は決して時間に厳格な方ではない。5分や10分程度なら遅れても特に気にはしない。
だが、それはプライベートの話だ。今は一刻の猶予もない。クラウディアの次の裁判までにこちらは証拠を集めないといけない。
――時間は限られている。約束の時間に遅れるような輩なら、止めておこう。
「お客様。ご注文の品でございます」
後ろから声をかけられた。見ると初老のマスターがコーヒーを運んできた。コーヒーの香りがここまで届いてくる。
――これを飲むまでに来なければ、他をあたろう。
……1万の赤字だ。
マスターはゆったりとした動作でコーヒーカップを机の上に置く。僕が注文したのはコーヒーだけなのだが、コーヒーカップを置いた後もマスターはカウンターへと戻らなかった。
「失礼ですが、お客様は弁護士の方で?」
「はい?ええ、そうですけど……」
「実はあちらのお客様が弁護士のダニエルという方をお探しなのですが、ダニエル様でお間違いないですか?」
「あちら?」
僕は初老のマスターが手で指し示した方向を見る。そこには、先ほどの黄色いコートを着た少女が興味ありげにこちらを見ていた。
瞳を輝かせ、僕と視線があうと嬉しそうに手を振ってきた。
――嘘だろ、ガキじゃねーか。
気がつけば雨の音は止んでいた。




