調査(2)
女性スタッフは畳み掛けるように僕にセールストークを展開する。
「蒼竜の騎士、ニコライ、今なら時給12000Gゴールドです!」
「ちょ、ちょっと高いかな?」
僕の冷や汗は止まらない。
「では歴戦の老騎士、レウス。本当なら時給20000Gゴールドなのですが、今回は日給で5万Gゴールド。24時間勤務なら時給換算で約2000Gゴールドまで勉強させていただきます」
「ちょ、ちょっと待って。でもこの人もう67歳でしょ?戦えるの?」
「お客様。若ければいいというものではありません。ときには賢人から学ぶことも大切ですよ?」
僕はタッチパネルディスプレイに触れないように指を少しだけ離しながら指摘する。
「いや、学べることは多いんだろうけどさ、痴呆症気味って書いてあるよ、この人。忘れてたら学べねーよ」
「そうとも言えますね」
「そうとしか言えないからッ!」
ゴホンと軽く咳をして呼吸を整えると、傭兵派遣会社の女スタッフはディスプレイに指を触れて、次の人をサッと紹介する。
「なかなか頑固ですね。では仕方ありません。とっておきの人を紹介しちゃいます。短命の剣豪、グスタフ。居合の名人である彼の剣さばきにかかればモンスターも一刀両断、彼が一度鞘より刀を抜けばその場にいるものすべてを切り刻む」
「へー、それはすごい。でも高いんでしょ?」
「ふふふふ。やっぱりそう思いますよね。でも違うんです。実は彼、当社でもいわくつきの剣士でして……早い話が問題児なのです」
「じゃあ、他の人よりも安く雇えるってこと?」
「お客様、鋭いですね~」
わざとらしく驚いた表情を浮かべる愛想笑いを浮かべつつ、「で、おいくらなの?」
と言った途端、ディスプレイからグスタフの画像が消失した。
「あ、申し訳ありません、お客様。たった今、短命の剣豪、グスタフがお亡くなりになりました」
「……ああ、短命ってそういう意味だったんだ」
「彼、前々から自傷癖があったのです」
グスッとハンカチで女スタッフは目頭をおさえた。もっとも、パリパリに乾いている彼女の目頭を見る限り、同情心など微塵も起こらなかった。
「それより、もっといい人はいないのですか?なんというかこう、モンスターが闊歩するような森の中でもへっちゃらな、時給が安い人」
ごほん、と女スタッフはすまし顔で咳き込む。「お言葉ですが、お客様」
「傭兵という仕事には常に命を落とすリスクがつきものです。彼らにかかる時給が高額に設定されているのは何も営業利益を追求してのことではありません。それは彼らの命の値段と考えてください」
「……それは重々承知しています。要するに、保険代でしょ?」
「――もう、お客様は本当に意地悪ですね♥知ってるなら言ってくださいよ!」
テヘッとクソわざとらしい笑顔を浮かべた後、女スタッフはタッチパネルディスプレイに指先をあてて、サッと画面を切り替える。
「ですが真面目な話、傭兵に保険はつきものです。我々にとってあなたは確かにお客様ですが、お客様は同時に契約者でもあります。仕事中に傭兵が深手を負ったり、最悪のケースとして死亡した場合、契約金以上の損害賠償金がお客様には発生します。お言葉ですが、お客様は1億以上のお金を用意できますか?」
――うっ、痛いところを突かれる。
傭兵ビジネスは世界中にある。それはこのビジネスが他のどの産業よりも儲かるからだ。
この世界には人を傷つけるものが多い。特に魔法なんてものがあるせいで、人はどこにいても安眠することができない。
そのような人たちの心理につけ込んだのが傭兵派遣ビジネスだ。
彼ら派遣会社は世界中にいる傭兵たちのいわば仲介人だ。力を持つ人と、それを欲している人との間を取り持つのが派遣会社の仕事。
傭兵は派遣会社に登録することでクライアントを募ることができるし、クライアントは派遣会社に依頼することで仕事を探してる傭兵を見つけられる。
派遣会社は傭兵からは登録料をとり、クライアントからは仲介料を請求する。とてもシンプルなビジネスのあり方だ。
昔はこのビジネスモデルが主流であった。しかし、最近は同じような業者が増えているためか、今まで通りに稼げなくなっているらしい。
傭兵派遣会社が世界に一つしかなければ、世界中の傭兵はそこしか利用しない。しかし、派遣会社が複数存在すれば、無理に一つの派遣会社を利用する必要はない。仕事を積極的に紹介してくれそうなところだけに身を任せればいいのだから。
しかし、派遣会社側はそれでは立ち行かない。クライアントをひとりでも多く集めるためには、常に優秀な傭兵を仲介、派遣できることをアピールしなければならないからだ。
閑古鳥が鳴くような派遣会社に仲介料を払うクライアントはまずいないだろう。
そこで登場したのが派遣会社雇用システム。
このシステムのメリットは、傭兵は一つの会社に登録をしておけば、仕事の依頼があるまでは派遣会社が生活費を保証してくれる点にある。
いつ仕事がくるかわからない傭兵にとって安定した収入が確保できるメリットは大きい。加えて、派遣会社側からみれば常に優秀な傭兵を常駐させることができるので、双方にとってメリットになる。
このシステムが発達したおかで傭兵ともども大いに派遣ビジネスは栄えるようになった。しかし、それだけで終わってくれていたら特に問題はなかったのだが、それだけで終わらなかったから問題になっている。
傭兵たちは当初こそ生活費を保証してくれる点について感謝していたが、徐々に要求がエスカレートしていった。もっと収入を増やせ、手当をだせ、福利厚生を充実しろ、と。
もちろん、儲かっている派遣会社ならばそれも問題ないのだが、すべての会社が儲かっているわけではない。派遣会社の中にはとても傭兵の要求に応えられるだけの経営体力がない零細企業もある。
もちろん、要求は所詮要求なのだから、会社側は断ることもできる。しかし、要求を断れば傭兵はその会社をやめて、もっと待遇の良いところを探すだけだ。
傭兵がいなくなれば派遣会社の経営は成り立たない。そこで考えられたのが、生命保険だ。
傭兵の仕事に怪我はつきものだ。最悪のケースとして死ぬことだってありえる。だが、死亡率が高くなればなるほど、受け取れる保険金も増えていく。
傭兵が仕事をしている最中に大きな怪我を負ったり、もしくは死亡した場合、派遣会社は高額の保険金を受け取れるように傭兵に保険をかけている。
保険金は保険会社が払うので、一見すると合理的なビジネスにも見える。しかし、保険会社も黙って高額保険を払うことはない。
仕事の最中に何か過失はなかったか、徹底的に調べるのも保険会社の仕事だ。そして傭兵業務中に使用者に過失があった場合、その損害を保証するのは傭兵を雇ったクライアント、つまり僕らのような人間になる。
本当によくできていると思う。人の命も、経済の原理にかかってしまえばただのビジネスチャンスになってしまうのだから。
僕の考えをよそに、女スタッフは提案する。
「お客様のご予算は概ね理解いたしました。残念ですが、お客様のご予算ですと、我々としては力添えはできないようです。そこで提案なのですが、よろしければフリーの傭兵を雇いませんか?」




