調査(1)
面会を終えてわかったことがある。
まず、この事件には思った以上にわからないことが多い。
なぜクラウディアは10日に現場に向かったはずなのに、監視カメラの映像は11日に撮影されたものになったのか?
誰がクラウディアの家に封筒を届けたのか?
被害者はそもそもなぜ選ばれた?
聖剣とはそもそも何なのか?
そしてなによりも僕をイライラさせるのが――魔王だ。
50年も昔に終結したはずの、それもこの国が参戦すらしていない世界戦争の話が、なぜ現代の殺伐とした殺人事件に関係する?
それにもうひとりわからないのがいる――勇者だ。
この事件にはなぜか魔王と勇者がいる。このどちらも大戦の主要な人物だ。確実にかつてこの世界に存在した、生身の人間だ。だが、どちらもなんだか胡散臭かった。
気がつけば昼を過ぎて、日がやや傾き始めていた。拘置所に入る前まで空に雲はなかったのに、今では黒く巨大な雨雲が太陽を覆い隠そうとしている。
――急いだ方がいいな。
僕は小走りになって駅前に向かった。タクシーを使えばそれほど時間はかからないのだが、この先のことを考えると少しでも節約した方がいいからだ。
魔王と勇者、魔王と勇者、魔王と勇者――
もう死んだろ、この二人とも。死ねば人間は生きられない。生きていない人間が、この世に手を出すことはありえない。
なのに、なんでこう生きている人間は死者にしがみつく?とっとと忘れてしまえばいいのに。
時間にして30分くらいだろうか?駅前に到着した。
雨雲はいつの間にか空を完全に覆い尽くし、駅前に到着した途端にぽつぽつと小雨が降り始めた。
雨に濡れる一歩手前というところで、僕は目的のビルに到着した。入口に近づくと、センサーが反応して自動的に扉が開く。
『いらっしゃいませ。傭兵会社派遣会社DSCにようこそ』
扉が閉まると、どこからともなく機械的な音声が流れた
ビルの中は閑散としていた。人影は少ないものの、白と黒の大理石でできた床はよく磨かれており、厳かな雰囲気が漂っていた。
――なんだか場違いだな、そう思っていると声をかけられた。
「いらっしゃいませ。本日はDSCにようこそ。ご予約ですか?」
見ると、そこには20代ほどの女性がいた。傭兵派遣会社などとゴツイ名前をしているからもっと強面の人間を想像していたのだが、目の前に立っているのはきな臭い雰囲気とは無縁な柔和な女性で、彼女は礼儀正しくお辞儀をする。
「えっと、いえ、実は今日が初めての利用で。傭兵を雇いたいんですが……」
「ご新規様ですね」
女性はニッコリと営業スマイルを浮かべると、「では当社のシステムをご説明いたします。こちらにお越しください」と言い、僕を白いカウンターへと案内した。
おそろらくこの会社の制服なのだろう、白いシャツの上にグレーのベストとスカートを着用する彼女は、「こちらにお座りください」とカウンターの席に促した。
「弊社は民間の傭兵派遣会社になります。戦士、剣士、魔法使い、ボディガード、レスキュー、ハンターなどあらゆる任務をこなせるだけの優れた傭兵を擁しています」
「あの、できるだけ強い人を探しているんですが……誰が一番強いのですか?」
「強い傭兵ですか?お言葉ですが、お客様。弊社ではあらゆるジャンルに精通したエキスパートを採用しております。戦闘を得意とする戦士、モンスターハンティングが専門のハンター、あらゆる危険から身を守ってくれるガード。お客様がどのような強さを求めるかによって、適任となる傭兵も異なってきます」
「ああ、なるほど」
僕はつい納得してしまった。
傭兵派遣会社。前々から名前は知っていたが、利用するのはこれが初めてだった。
この世界はいまだ、安全とは言い難い。グリムベルドは比較的安全で治安の良い国ではあるのだが、ここを一歩外に出ればそこは治外法権。そこでの一切を守ってくれるのは法律ではなく、圧倒的な力だ。
こればかりはいくら綺麗事をいっても始まらない。危険なことをするのだから、それ相応の力はどうしても必要になる。
この事件を解くためには調べなければいけないことが山ほどある。
事件現場、カメラの映像、被害者――そしてダークフォレスト。
グリムベルドで調べ物をするだけならばそれほど身の危険を心配する必要はない。
だが、ダークフォレストは違う。あそこは世界でもっとも危険な無国籍地帯だ。
とてもではないが一介の弁護士が無傷で行けるような場所ではない。そこを調べるためには、力がある人のサポートがいる。
「実は仕事で海外に行くことになりまして」
僕はできるだけオブラートに包みながら事情を説明した。
「ちょっと危険なところに出張するので、現地で護衛をしてくれる人を探しているんですよね」
「承知しました」
女性スタッフは営業スマイルを浮かべつつ、A4サイズの薄いタッチパネルディスプレイをカウンターの上に置く。
細い人差し指でそのディスプレイに触れると、暗い画面がパッと輝きだした。
最初にこの会社のロゴマークが出た後に、筋肉隆々の厳つい男性がディスプレイに登場した。
「彼は当社期待の新人ガードです。当社と雇用契約を結ぶ前まで紛争地帯で5年、傭兵として戦地に赴いていました。武器と戦闘のスペシャリストで、クライアント様のあらゆる危険を排除してくれます。海外での出張のお供には最高の人材ですよ。というのも、異国でのキャリアが長いので他国の言語にも精通しております」
「へえ、それは頼もしいですね」
僕は少しワクワクしながら彼の戦歴を見た。だが、一番下の項目、つまり契約料の欄に時給20000Gゴールドという数字を見て、落胆した。
――僕より高収入……雇えない。
「あ、あのもっといろいろ見たいのですが……」
「はい。ちなみに、何かご希望はありますか?」
「あの、予算に限度があるので、できればもっと時給の安い人でお願いします」
一瞬、営業スマイルがピクッと強ばった気がしたが、すぐに元の柔和な女性スタッフの顔に戻った。
「承知致しました。では、そうですね、この方ならどうでしょう?女魔法使い、ラディア。彼女は古の暗黒魔法ハデスの使い手で、半径1キロメートル以内であればあらゆる生物を5秒で抹消できます」
……さっきより凄い人な気がすると、僕はやけに露出の激しい魔女ラディアの豊満な巨乳を見ながら思った。
「あの、いろいろと凄いのはわかるのですが、この方もお高いのでは?」
「さすがお客様。お目が高い」
微妙におだてられている気がする。ちょっと気分は良い。
「女魔法使い、ラディアの契約料は本来であれば時給30000Gゴールドになりますが、今なら特別に15000Gゴールドまでお値引き致します」
やけに朗らかに言うが、僕はディスプレイの一番下にある小さな文面を見逃さなかった。
※女魔法使いラディア特別パックは二年プランになります。
――二年も雇えねえよ。
ちなみに、途中解約する場合は100万Gゴールドかかると但し書きがあった。
僕は口座の残高を思い出し、やっぱり世の中金だなと悟った。




