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10日の出来事(2)

「被害者を襲った後、屋上からホテルの後ろにある森に向かったらしいけど、そのときのこと詳しく教えてくれるか?」


 僕はクラディアに質問する。彼女は澄んだ碧眼をパチパチと瞬かせ、天井を見つめながら答えた。「私、あのときは夢中でした」


「今まで生きてきた中で一番充実感があって、なんでもできるような気がしていました。でも魔王が柵の向こう側に落ちてしまった後、なんだか急に身体が疲れて、休みたくなったんです。それで、森に向かいました」


 普通の人間だったら、と僕は思う。


 もしもこれが普通の人間だったら、人を殺してしまったショックで何かしらの行動を起こすかもしれない。


 現場から逃走したり、証拠を隠滅したり。


 でも、クラウディアはそういうことは一切やらなかったのだろうか?


 なぜ?その答えは、彼女にとって魔王を殺害することは悪いことではなく、むしろ善いことだったから?


 彼女にとって初めての外の世界。緊張と興奮は過剰なアドレナリンを分泌させる。


 いや、逆か?アドレナリンが分泌されるから人は感情的になるのか?


 ――どっちもいいか、それは。


 魔王を殺害した彼女は、目的を達成した。彼女は自分の価値観に基づいて正しいことをした。悪いことをしたのならそれを隠すが、良いことをしたのであれば隠す必要性はない。だから彼女は現場から逃げもせず、証拠を隠しもしなかった。


 そして彼女は、そのまま休息についた。


「僕は現場に行ったことがないから知らないんだけど」と僕は前置きしてから質問する。


「ホテルと森との間には何か連絡路みたいなものがあるのか?」


「そういうのはなかったです。あのホテルは後ろの崖と一体になってるみたいで、屋上からそのまま歩いて崖の上の森に行けました」


「そっか。で、そこで一晩過ごして、翌朝に下山したのか?」


「……はい。11日午前8時です。その、ホテルのエレベーターに乗っておりました」


「それは証明できるか?」


 ついそんなことを質問したが、よく考えればエレベーターに監視カメラがあったのだから、証明したければそれをチェックすればいいことだ。


 ただ、僕の質問を間に受けたのかクラウディアはしばらく天井を見つめながら考え込み、やがて言った。


「あの、もしかしたら一緒に乗った人が見てるかもしれません」


「一緒に?」


 ――誰かと一緒にエレベーターに乗ったのか?


 僕の疑問を見透かすように、クラウディアは白い頬を恥ずかしそうにピンク色に染め、もじもじと身体をゆすりながら答えた。


「あの、私、エレベーターの操作方法がわからなかったから……展望台にいた人たちと一緒に乗っておりました」


「……あ、ああ、そうなんだ」


 そういえば、裁判でもそんなことが争点になっていた。自分で異議をたてたのに、すっかり忘れていた。


「白髪のおじいさんと、太めのおばあさんの後ろをつけて、一緒に乗りました」


 やや伏し目がちにポツリポツリと彼女はいい、僕は念を押す。「それ、間違いない?」


「はい、今でもハッキリ顔を覚えてます。だから、呼んでもらえれば……」


 おそらく、彼女の記憶力ならばかなり細かいところまでその人たちを覚えているのだろう。


 だが、僕は彼女ではないし、彼女も僕にはなれない。見つけるのは至難の業だ。


 ――でも、いいヒントにはなった。


「昨日の裁判で12日の映像は見たよな?」


「……はい」


「あそこに、その人たちはいたか?」


 クラウディアは間髪を入れずに即答した。「いいえ」


「いませんでした」クラウディアはハッキリと言う。「私、12日にエレベーターは乗っていません。11日です」


 必死に言葉を発するクラウディアに僕は言う。「わかった。……信じよう」


「いろいろ教えてくれてありがとう」


 僕はイスから立ち上がる。クラウディアは顔を上げて僕を見る。潤んだ碧眼がまだ僕にここにいて欲しそうに訴えかけてきた。


「今の証言を僕は信じるよ。でも、他の人は信じない。証拠がないからな。それを調べてくる。待っててくれるか?」


 しばらく妙な沈黙が続いた。彼女は僕から視線をそらさず、僕も彼女の眼差しをじっと見る。


「……また……ここに来てくれますか?」


「ああ、行くよ。それまでに何でもいいから思い出しておいてくれ」


 面会室から出ていこうとして、ふと気づいたことがあったので質問した。


「そういえば、あの日記。なんでもう終わりなんだ?」


「え?」


 気がつけばクラウディアも立ち上がり、扉に手をかけていた。彼女はこちらを振り返る。


「ほら、あの日記の冒頭に、今日で日記をやめようと思うって書いてあったよな?」


「ああ、あれは、もう日記を書くページがなかったからです」


 クラウディアは目を伏せた。


「私の家にある日記。最初は沢山空白がありました。でも、毎日書き続けているうちにだんだん余白がなくなって、あれが最後の一ページなったから」


「新しいの買ってやるよ。この先も続けろ」


 ――またな、と僕は彼女に手を振って、面会室から出て行った。


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