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10日の出来事(1)

 もう大丈夫だろうと思い、僕は訊ねた。


「10日のことを教えて欲しい。君はホテルの屋上で何を見て、何をした?些細なことでもいいから気づいた点があれば教えて欲しい」


 クラウディアは一瞬考え込んだ。いや、思い出しているのか。しばらく天井からぶら下がる電灯を眺めつつ、ぽつりと呟いた。「私、意外でした」


「うん?意外って何が?」


「私、実は疑っていました。この聖剣、本当に魔王を斬れるのかなって」


 彼女は僕に剣を差し出す。机の上に置いたが、鞘を握る手を放すことはなかった。


 一瞬、彼女の足元が神経質に動いた。チックの症状が出始めていたが、それでも彼女は剣を仕舞わず、机の上に置いてよく見えるようにしてくれる。


「この剣は魔王しか斬ることができません。お父さんからはそう教わってましたし、実際森の中で何回か試し斬りをしたことありますけど、何も斬れませんでした」


 クラウディアは「あ、でも斬れたものもありました」と続けた。


「うん?警察の資料では何も斬れなかったって言ってたけど、そうじゃないのか?」


 ――新事実だった。事件解決のヒントになればいいんだけど。


「昔、この剣でお父さんを斬ったことがあります」


「……え?」


 まさかお父さんが死んだ理由って……


 僕の嫌な予感とは裏腹に、「お父さんから剣の扱い方を教わっているときに、指先をちょっと切ったんです。切り傷は深くなかったんですけど、なんで斬れたんだろう?」


 彼女は当時のことを懐かしむような眼差しを浮かべる。


 魔王しか斬れない剣。でも、クラウディアの父親を斬ることはできた。


 ――どういうことだろう?


「確か聖剣のブルートガングは血に反応するって警察の資料にあったけど?」


「そうお父さんから教わりました。昔、この聖剣を作った人が魔王の血を剣に混ぜたそうです。だから、この剣は魔王の血に反応するそうですけど……もしかしたらもっと別の理由かもしれません。どうしてこの剣は魔王しか斬れなくて、そうでないものは斬れないのか、実はよくわかりません」


 クラウディアは剣を引っ込めて抱き寄せる。


「私、知ってるつもりでした。でも、本当は知らないことばかりだったんですね」


 僕は仮説をたててみた。


 仮に魔王しか斬れない剣があるとして、それは役に立つのだろうか?


 確かに魔王以外に斬れないのならば、長持ちしそうではある。他のあらゆるものがその刃に触れることはないのだから、腐食することもないし、刃先が欠ける心配もない。


 でも、だからなんだ?剣が汚れたら拭けばいいし、腐食が進んでるなら捨てればいい。刃先が欠けたら新しい剣を買えばいい。


 ――剣がダメなら銃でもいいだろ。なんでそんな時代錯誤な武器を使うんだ?


「魔王は非常に頑健な体の持ち主だったそうでした」


 僕の質問に応えるように、クラウディアは剣を抱きしめながら言う。


「ただの剣では彼の皮膚に傷をつけることもできませんし、あらゆる魔法武器も彼には通用しません」


「それはもう人間ではないな」


「魔族の中でも魔王はかなり特殊な存在だったみたいです。だからこの聖剣が必要でした。これがないと彼に傷をつけることができません」


 誰にも斬ることができない魔王に、唯一傷をつけることができる剣、か。


「魔王の防御力はそうとうなもんだな。それなら、当時の人たちも苦労するわけだ。誰も彼を傷つけることができないから」


「一応、傷つけることができる人はいたみたいですよ。例えば魔王本人なら、それも可能だったらしいです」


「それは自殺ってことか?確かに武器が通用しないのなら、自分で自分を殺すように仕向けるっていうのも一つの手かもな」


 僕は50年も昔の戦争に思いを馳せる。当時の人たちは聖剣が登場するまでどうやって魔王を倒そうとしていたのだろうな?


 ――そんな方法はなかったのかもな。だから、勇者が現れた。


「だから、意外でした。魔王ってこんなに弱いのかなって」


 クラウディアはぽつりと呟いた。


「たった一太刀浴びせただけで、魔王はすごく驚いた顔をしていました。今でもよく覚えています。私の顔を見て、驚いたような、怒ったような……」


 クラウディアは突然無口になった。口元に手を覆って考え込む。


「どうした?」


「私、本当に魔王を殺せたんでしょうか?」


「……斬ったのは確かなんだろ?」


「はい。でもその割にはなんというか……魔王が弱すぎてしっくりこない」


 ――なら、人違いだったんじゃないのか、と僕は言いかけた。そして喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。


「君は、今でも被害者が魔王か、その生まれ変わりかなにかだと思っているのか?」


「生まれ変わりじゃなくて、本人です」


 やけにキッパリとした言い方だった。「根拠でもあるのか?」


「それは……この剣が証拠です。弁護士さんだって言ってたじゃないですか。この剣で斬れるかどうかで魔王かどうかを判断できるって」


「でも、その剣が本当に魔王だけを斬れるかどうか、怪しいんだろ?」


「それは、その……はい」


 彼女は渋々頷く。口を膨らませながら俯いているところをみると、なにか不満があるのかもしれない。


「魔王がいない以上、証明は不可能だよ。魔王だけ殺害できる聖剣かどうかなんて。でも、特定の何者かだけを斬れるのは確かみたいだな」


 調査が必要だな、と僕は思った。


「10日。被害者を襲ったとき、死んだと思ったか?」


「……わかりません。人を殺したことなんて今までありませんでしたし、モンスターを殺したこともありません」


「でも、それだと危なくないか?聖剣は魔王以外は殺せないんだろ?モンスターが襲ってきたとき……まあ仮の話だが、万が一襲ってきたときにはどう対処するつもりだったんだ?」


「そのときは、鞘ごと叩きつけますけど」彼女は当たり前のように言う。「これ、結構頑丈なんですよ」


「……へー、そうなんだー」


「それに、狩猟用の弓と矢と、あとハンティングナイフが家にありますから。森ではナイフをいつも携行していました」


 彼女は目を伏せ、「でも、モンスターがすぐ逃げるから、いつも果物とか野菜しか食べれませんでした」と小さく呟いた。


 そして彼女は最後にしょんぼりとした顔で、


「弓も下手で、全然あたりません。私、剣以外は才能がないんです」


 そんなことを言われても、僕にどうしろと?


 とても、とても微妙な雰囲気が場を支配していた。

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