閉廷
「裁判長。検察側はこれより証人喚問の準備を致しますので、閉廷を要求します」
シェーファー検事は淡々とした口調で続ける。感情のこもらない話し方に若干の違和感を覚えた。
――本当は、悔しいのだろうな、一日で仕留められなくて。だが、僕はとても彼女のように感情を抑えることができない。
誰にも見られないように、僕は机の下で小さく拳を握り締め、ガッツポーズをとった。
――助かった……本当に、本当に危なかった。
被告ではないが、死ぬかと思った。だが、法廷を無事終わらせることができて、今は心の底から満足していた。
僕は国選弁護士だ。裁判を一日延長させるだけで国から報酬をもらえる身分だ。だが、今のこの充実感は報酬をもらう以上の喜びに満ちていた。
確かにケイトの最後の発言は不穏だった。だが、今は忘れよう。いずれ再び彼女とは相まみえることになる。その時に備えて、今はただひたすらこの充足感を味わいたかった。
思わず脱力し、椅子にへたりこんだ。そういえば開廷以来、一度も椅子に座っていなかった。
久しぶりに椅子に座るとお尻に冷たい感触が伝わる。だが、今は何かに支えられていないと倒れ込んでしまいそうだった。
――カンッ!木槌の音が法廷に響く。思わず背筋がピンと伸びるが、椅子から立とうという気分にはなれなかった。
「ふむ。確かに今のまま審議を続けても平行線をたどるだけのようです。検察側の要求を認めます。今回の法廷はこれにて閉廷にします。それにしても……」
裁判長は厳しい表情で言う。「あなた方には驚かされます」
「真実を追求しようとするシェーファー検事の手腕は見事です。それに弁護人。たった一つの証拠からここまで逆転させるとは……これほどの技量の持ち主は今まで一人しか見たことがありません」
「こ、光栄です」
「……」
完全に脱力してしまった僕はしどろもどろ、つっかえつっかえに言う。シェーファー検事はただ仏頂面を浮かべながら腕を組んで黙ったままだ。
「では、本日の審議はここまでになります。閉廷します」
――カンッと裁判長は木槌を鳴らす。
それが合図だったのか、今まで控えていた係官が証言台に近づく。
証言台にはクラウディアがいた。彼女は体を縮ませながらも警戒心のある眼差しで係官を睨み、後ずさりする。
「クラウディア」僕は法廷で彼女の名前を呼んだ。
そういえば、これが初めてかもしれない。彼女の名前を呼ぶのは。
彼女は僕の声に反応し、こちらに振り向いた。眉間にしわを寄せて、怪訝そうな表情を浮かべている。
「面会に行く。今度こそ話を聞かせてもらうから、待っていてくれ」
「あ、あの……」
クラウディアは口をパクパクと開いて何か言おうとしたが、係官が彼女の手首を掴み、「いくぞ」と声をかけて強引に連れて行った。
係官はなぜかクラウディアから剣を取り上げなかった。それについて疑問を差し挟む人はこの法廷に誰もおらず、クラウディアは二度と手放さないように大事にそうに抱きしめながら退廷した。
クラウディア・ラインラント。彼女は第一級殺人罪に問われている。
無罪にならなければ終身刑か――死刑になる。
扉は閉じる。だが、彼女の寂しそうな背中がいつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。




