証言台(13) 検事側主張
「被告が嘘をついていないのなら、嘘をついているのは弁護士さん、あなたでしょ?」
シェーファー検事は勝利の笑みを隠す。腰に手をあて、憂いのある表情を見せながら言う。「正直、弁護人は自分勝手な推測ばかりでうんざりですね」
「ふむ。確かにシェーファー検事の主張はもっともです」
裁判長は批判的だ。ただ、100パーセント批判しているわけでもないらしく、苦悶の表情を浮かべていた。
「しかし、検察側の提出した証拠に疑問があるのも事実です。当初、私はこの事件の犯人は被告で間違いないと確信していました。しかし、弁護側の主張を聞く限り、検察側の主張にはどこか綻びがあるようにも感じられます」
「裁判長」僕は反論する。「弁護側は検察に監視カメラの映像をすべて法廷に提出することを要求します」
「検察側の主張通り、確かにこの監視カメラの映像は第三者によって編集、改竄は行われていないかもしれません。しかし、それは映像の話であって、他の部分ならば可能です」
「……何が言いたいのかしら?」
シェーファー検事の表情が固まる。両手を机につき、前かがみになって僕の方をキツく睨む。
強圧的に迫る女検事のせいで一瞬怯みかけた。だが、すぐに背筋を伸ばして、彼女を睨み返す。
「この監視カメラの映像は、いつ撮影されたのか、日付はどこにも記録されていません。警備会社はどのような方法で日付ごとにCDを管理していたのですか?」
特別難しい質問をしたわけではなかったのだが、なぜかシェーファー検事は押し黙ってしまい、しばらく妙な沈黙ができた。
口火を切ったのは裁判長で、「シェーファー検事?どうされました?」と回答を促した。
普段の彼女ならば、裁判長に促されれば颯爽とそれに応えるだろう。だが、今回の彼女は違った。シェーファー検事は僕の方を睨んだまま何も話さない。表情は堅く、よく見ると頬にひと雫の汗がつつっと流れた。
12月は非常に寒い季節だ。暖房が効いているといっても若干の冷たさが残る法廷内で汗をかく人はほとんどいない。
だが、確かにシェーファー検事は汗をかいていた。他の人は気づいていないが、僕だけが今のケイトは明らかに動揺していることに気づけた。
――でも、なんで?たかが警備会社のCDの保管方法を教えることが、どうしてケイトをここまで狼狽させるのだろう?
「――監視カメラで撮影された映像はリアルタイムで保存されているわけではありません。一旦ハードディスクレコーダーに保存された後に、改めてCDに動画が保存されるという流れになります。といってもそのタイムロスはそれほどありませんので、カメラで撮影しているタイミングとCDに保存されているタイミングはほぼ同時でもあります」
シェーファー検事はそこまで言うと一旦額の汗を手で拭った。理路整然と語っている彼女だが、肝心なことは何も言っていない。
――要するに、今の説明はただの時間稼ぎだ。
僕はここにきてようやく確信した。
――お前、何か隠しているな、ケイト。
検察側が何を隠しているのか、まだわからない。だが、よほど検察側にとって都合の悪いものがあるらしい。
検察にとって都合が悪いもの。それは、こっちにとって都合の良いものだ。
引きずり出してやる。
「一体いつまで、はぐらかすつもりですか?」僕は検事を追求する。「審理をいたずらに引き伸ばすような真似はやめて、早急にこちらの質問に答えてください」
――チッ。検事は舌打ちして、僕を睨めつける。
だが、裁判長のカンッと高鳴る木槌の音に、すぐに悪態をつくのをやめて背筋をピンと伸ばした。
「シェーファー検事。質問には早く答えるように。CDの日付をどのように管理するのかを把握していないのですか?」
――裁判長、それは愚問というものですと僕は思った。準備マニアのケイトがそんな落ち度を犯すハズがない。彼女は知っている。誰よりも知っているのだ。だからこそ、彼女は答えられず、窮してしまったのだ。
だが、これ以上審理を先延ばしにすることができないことを悟ったのか、ようやく重い口を開いた。
「監視カメラが撮影した映像はホテル3階にある警備室に送られます。警備室には警備会社特注のハードディスクレコーダーがありますので、そこでCDへの自動保存が行われます。保存が終了するとCDを警備スタッフが回収し、ケースに保管します。このときにケースに日付が書き込まれます」
――これが、警備会社のCDの保管方法になりますと苦虫を噛み潰したように検事は言った。
最初、僕はわからなかった。なぜこれが検察側にとって致命傷になるのか。
だが、これこそがこの事件の真相に迫る重要なヒントであることに、裁判長の言葉で気づかされた。
「ふむ、そうなると事件当日は一体誰がCDを保管したのかが問題になりますね」
――ッッ!それは――誰だ?
今までのやり取りの中で、それができる人物がいないことは明白だった。誰にもできないことを誰かがやった。その何ものかの言動が、今のこの事態を引き起こしているといってもいい。
そいつこそ、この事件の中心人物ではないのだろうか?
クラウディアに封筒を手渡した人物は誰なのか、誰が彼女を唆したのか、被害者はそもそも何ものだったのか、なぜ彼は死んだのか――
「そんなの、一人しかいないに決まっているでしょ」
女検事はそれだけ言うと沈黙し、口を固く閉ざす。彼女は何も語らず、ただ明後日の方を向くだけだった。




