証言台(12) 被告人
「証言と証拠が矛盾したとき、どちらが証拠能力を持つか、わかりますよね?」
検事はひどくゆっくりとした口調だった。一言一言噛み締めるように僕に語りかけてくる。
だが、その底冷えとした眼差しに睨まれているせいでこちらは生きた心地がしない。
――クソッ。ぬかった。
いや、僕の考えが甘かった。そうだよ。監視カメラってのは普通24時間動いているんだ。犯行の時間以外も常にカメラ越しの景色を撮影している。
「裁判長、どうやら被告は嘘の証言をしているようです」
検事は攻撃の口を止めない。裁判長に言う。「偽証罪の疑いが出た以上、被告の証言は信用に値しません」
「ま、待ってください」
「いいえ、待ちません。ここは法が支配する場所です。ルールを遵守している限り何をしても許されますが、ルールを破ったらそれ相応の罰を受ける。法廷での偽証の罪は重い。当然です。これは国家的法益に関わる問題ですから」
検事はそう言って締めくくる。
裁判長は深刻な表情を浮かべる。
「シェーファー検事の主張が事実ならば、確かにこれは見過ごすことのできない重大な問題です。弁護側は心して答えるように。被告が嘘の証言をしているのなら、これ以上の審理は必要ないように思われます。しかし、偽証ではないのならば、弁護側にはそれを証明する義務があります」
「――ッ」
――クソッ!完全にしてやられた。形勢逆転だ。
今、クラウディアを支えているもの。それは彼女の証言だ。彼女の証言があったからこそ、ここまで裁判を延長させることに成功している。
だが、一度偽証罪の烙印を押されてしまえば、クラウディアを弁護するのは絶望的だ。
なんとかこの容疑を晴らさないと。――でもどうやって?
「弁護士さん?調子悪そうね。顔色が悪いわよ。ああ、あと髪型も変よ」
――髪型は関係ないだろッ!
検事はいつの間にか元通り、いつもの余裕のある顔に戻っていた。口元がわずかに動いた――残念だったわねと言っている気がした。
「わ、私は嘘はついてません。本当ですッ!」
クラウディアは証言台に前のめりになって精一杯応えた。
だが、裁判長は首を横に振る。「残念ですが、ここは法廷です。偽証の証拠が出た以上、潔白も証拠で証明するしかありません」
――そんなことはわかっている。だが……
クラウディアは偽証していない。していないと、信じている。だが、それを裏付けるだけの根拠がない。
――ダンッ!思わず拳を振り下ろして机を叩いた。
あと少しだったのに。あと少しで、何かが掴めそうだったのに。これで……
「ふむ。どうやら、弁護側からは何もないようですね。では、そろそろ判決に移りたいと……」
裁判長は木槌に手を伸ばした。全てがスローモーションになったような気がする。
無表情のシェーファー検事の口角が上がる。勝利を確信するような笑みを浮かべた彼女は鋭い眼光で僕を一瞥する。
クラウディアは剣を手放さない。
――当然か。彼女を守ってくれるのは、その武器だけなのだから。
でも、彼女はなぜか、僕の方を見ていた。視線を僕から離さず、ただじっと潤んだ瞳でこちらを見て、何か言いたげだった。
――なんだよその目は。もう僕には、お前を助けることなんてできない……
「待ってくださいッ!」
裁判長の手が止まる。木槌を振り下ろす手前だった。「何ですか、弁護人」
「弁護側は――」
――何かないのか?
「被告人の――」
――なんでもいい。
「証言を信じます」
――頼むから、何か出てきてくれ。
「被告は嘘をついていません」
――僕は彼女を信じたい。
「それを証明します」
――でも、証明できない。
「ふむ。そうですか。では弁護人に伺いましょう。被告人の証言が真実である、その証拠とは何ですか?」
「それは――」
僕はクラウディアを見る。初めて彼女を拘置所で見てからの記憶が走馬灯のように蘇った。
静止画が一枚一枚、時系列に沿って順番ずつ思い起こされる。
拘置所での騒動に法廷での証言……。いや、違う。もっと前にも会っている。
初めて彼女を見たのは拘置所じゃない。所長の事務所で、彼女の顔写真を見たのが一番先だ。
拘置所が一番目だと、順番が正しくない。
順番――そう、順番なんだ。
そしてようやく、気づいた。――この事件のトリックに。
「被告は、10日の夜に被害者を襲撃しました。11日ではありません、10日です。ですから、当然、ホテルを出たのも11日の午前8時です。だから、12日の0時00分から23時59分までの間に被告が撮影されているわけがありません。被告は――11日の午前8時に撮影されたはずです」
続けて、僕は言う。
「弁護側は主張します。監視カメラの映像は――日付がズレています。彼女はやはり、10日にホテルにやってきた。彼女は――嘘をついていませんでした」




