証言台(11) 被告人
「監視カメラの映像を見たとき、一つ妙なことに気づきました。それは、被告がエレベーターを使用したときです」
僕は映像を巻き戻す。すると、法廷の中央に浮かぶ投影ディスプレイも巻き戻り、再びクラウディアが1階からエレベーターに入ってくる場面になった。
再生ボタンを押すと、映像内のクラウディアはエレベーター内でボタンを押す。まず『閉』のボタンを押し、その後に屋上のボタンを押した。
僕は映像を止める。「ここが問題です」
「裁判長にお聞きしたいのですが、エレベーターに乗るとき裁判長はまずどのボタンを押しますか?階数のボタンですか?それとも『閉』のボタンを押しますか?」
「む?そうですね、普段あまり気にしないのですが、はて?どっちでしょう?おそらく階数ボタンを押すと思います」
「ありがとうございます。ちなみに僕は『閉』を押してから階数を押す派です」
「……私は他の人が入ってきそうなら『閉』を押す、いなければゆっくり乗りたいから階数しか押しません」
……シェーファー検事は聞かれてもいないことをなぜか率先して答えた。そして、イライラした口調で続ける。
「それがどうかしましたか?」
「今答えてもらったように、こういうものに正解はありません。どっちを押すかなんて人それぞれ、自由です。だから監視カメラの映像内で、たとえ被告が階数ボタンよりも先に『閉』のボタンを押したとしても、それは特別気にすることではありません。ですが……3枚目のCDに映る人影はなぜかそうしなかった」
僕は映像を切り替えた。画面は新しくなったが場所は同じらしく、先ほど同様にエレベーター内部の映像だった。唯一の違いといえば内部に人がいないことぐらいだ。ただ、デジタルの数字が0時00分と表示されているので、明らかに先ほどの場面とは時間帯が違う。
デジタル時計の数字が刻々と進むと、エレベーターの扉が開き、人影が入ってきた。
その人影は黒いコートを着用している。頭はすっぽりとフードに覆われているので、顔はハッキリしない。
黒いコートを着用している人はエレベーターに入ると悠然とした動作でエレベーターの階数のボタンを押し、そのまま扉が閉まるのを待った。
「僕は今まで、この人物は被告だと思っていました。ですが、違和感もあった。なぜ被告はエレベーターで上階に上がるときは『閉』ボタンを押してから階数を押したのに、下の階に移動するときは階数ボタンしか押さなかったのだろうと。もちろん、たまたま押さなかっただけかもしれません。人の価値観なんて人それぞれです。変わった習慣ですが、ないとも言い切れません。しかし、それは文明社会を生きてきた人だからこそ言えるものです」
僕は被告を指差す。「被告は事件当日まで、エレベーターになど乗ったことは一度もありませんでした。たまたまエレベーターで上に行く方法は知っていても下の階に行く方法は知らなかった。そんな彼女がエレベーターに乗る毎にボタンを押す順番を変えるなんて芸当はまずできません」
「はあ?馬鹿にしてるの?そんなのは見れば誰でもできるでしょッ!」
検事の反論に僕は首を横に振る。「それはあなたの常識です。彼女の常識ではない」
「なによそれ?こんなに簡単な事でもわざわざ教えられないとわからないっていうの?」
「その通りです。被告は知らない。それこそ何もかもだ。乗り方がわかることと降り方がわかることは同義ではありません。だから被告はエレベーターから降りた後、わざわざ扉を閉めようとして外側から再びボタンを押すという、我々ならまずやらないような奇妙な行動に出ました。それは監視カメラの映像にもハッキリ残っています」
僕は改めて法廷を見る。そして裁判長に言う。
「裁判長。3枚目のCDに映る人物は被告ではありません。現場にはまだ我々の知らない第三者が存在します。この第三者の存在が特定されない限り、被告を殺人犯と断定することはできません」
裁判長は投影ディスプレイに目を見張っていた。
「ふーむ。最初に見たときは気づきませんでしたが、確かに被告の行動は一貫性がとれていません。改めて見ると、CDの2枚目と3枚目とでは確かに別人のようにも見えます」
「別人です。被告は証言しました。事件当日の夜は崖の上で野宿をしていたと。つまり、深夜のこの時間帯、被告はエレベーターを利用していないはずなのです。これは明らかな矛盾です。だから――徹底的に調査するべきだッ!」
僕は最後まで言い切った後、ゾクリとなんだか嫌な悪寒を感じた。
見ると、シェーファー検事がジッとこちらを目を細くして睨んでいる。
そういえばこの女、なんで今まで黙っていたのだろう?普段やかましくしているだけに突然おとなしくなると逆に不安になる。
シェーファー検事は無表情だ。ただ人差し指で机をトントンと叩いてるだけだった。
どうやら何も言うことはないらしい。――何も言わないのなら、これはチャンスだ。
僕は一気に畳み掛ける。
「被告に質問です。あなたは被害者を襲った後、崖の上に移動、そこで夜を過ごしました。その後は一度も移動はしませんでしたか?」
僕が質問すると、クラウディアはなぜか口を尖らせていた。
――怒ってる?なんで?
クラウディアはジト目のまま口を開き、言う。
「あの、いえ、その後は日が明けるまで森の中にいて……午前8時頃にエレベーターに乗ってホテルから出ました」
おどおどとした口調で聞きにくかったが、確かに彼女はそう証言した。
――よっしッ!やったッ!
自分で自分を拍手してやりたい気分だった。これでまだ裁判は延命できる。
「異議、あり」
その一言が、せっかくの意気揚々として気分に冷水を浴びせた。
誰が異議を唱えたのか、その正体はすぐにわかった。シェーファー検事だ。
「な、なんですか?」
「いえ。ちょっと今の証言は――証拠品と矛盾しているなと思いまして」
先ほどまでイライラとしていたのに、今はやけに落ちている。それが逆にこちらの不安感を煽ってくる。
「つまり、被告は屋上で被害者を襲った後、翌日の午前8時までずっとエレベーターを使用しなかったということですね?」
「そ、そうなりますね」
僕は同意した。それは間違っていない。だがなんだろう、この感じ。どこまでも無表情で、そして乾いた声で検事は言う。
「なら、3枚目のCDの続きを見てみましょうよ。3枚目は2枚目のCDの続きですから、この3枚目のCDの午前8時頃に被告は当然、撮影されているのですよね?」
「……え?」
あれ?確かに時系列的に考えるのならば、そういうことになるけど……
――なんだ、この違和感?
シェーファー検事は片手にリモコンを持ち、空中投影ディスプレイを再出現させる。映像はすぐに表示される。
シェーファー検事は映像を早送りにする。証言では8時といっているのだからその時間帯だけ見せればいいのに、女検事は律儀にもそれ以外の時間帯にエレベーターに乗りこむ人がいればわざわざ一時停止、確認させてくれた。
誰も乗っていない時間帯は早送り。人がいれば一時停止。その繰り返しが延々と続き、やがて23時59分で映像は終わりを迎えた。
「あれ?おかしいわね。被告、どこにも映ってないじゃない」
――これって矛盾じゃないの?弁護士さんと検事は言ってのけた。




