証言台(10) 被告人
「魔王を倒した後、すごく疲れてたから……」
彼女の言葉に法廷中の人間が聞き耳を立てる。特に傍聴席からの好奇の視線が強く、証言台に立つ彼女の背中に突き刺さってしまいそうな圧迫感があった。
それでも彼女はたどたどしい口調で続けた。「あそこで、一晩過ごしました」
「……はあ?」
しまった。思わず声を出してしまった。だが、自分を弁護するつもりはないが、今のような反応が出ても正直無理もないと思う。
クラウディアの言葉は法廷中にななんとも言い難い微妙な空気を作り出した。
――バンッッ!荒々しく机を叩く音がした。当然だが、シェーファー検事だ。
彼女は下を向いて肩をフルフルと震わせていたが、笑っているわけではなさそうだ。どちらかと言えば……
「何言ってんのアンタ?殺人現場で呑気に一泊したとでも言うの?」
……どちらかと言えば、女検事は完全にキレていた。
「ち、違います。私はその、あそこじゃなくて、もっと奥の方の……」
シェーファー検事に気圧されて、ただでさえ小さいクラウディアの声がますますぼそぼそと聞きづらくなってきた。
――それにしても、一体どうなっているのだろう?
僕は展望台の映像を思い浮かべた。あそこにクラウディアが寝泊りできるような場所はなかったと思う。
もっとも、クラウディアはもともと野宿同然の生活を送ってきたのだから、場所はそれほど関係ないのか?
いや、違う。そうじゃないんだ。今までモンスターがひしめき合う森の中で野宿同然な生活を送ってきた彼女にとって、展望台は睡眠をとるには適切な場所ではない。
もっと身の安全を確保できるような場所が、彼女にとって安らぎを得やすい場所のはず。
女検事の怒気を含む声で威圧されている間も剣を肌身離さずギュッと握りしめているクラウディアを見て、今の推測はあながち間違っていないように思えた。
クラウディアは怯えるような仕草でたまにチラチラと僕の方をうかがうように視線を送ってきた。
とても検事の追求をかわせそうにない。なんとか弁護しないと、せっかくの証言も台無しになる。
でもどうやって?
彼女が安らぎを得やすい場所。そんな場所は……一箇所だけあるのか?
僕は先日の所長との会話を思い出す。現場となったホテルは確か――
「現場となったホテルの背後には崖があります」僕はシェーファー検事に言い、続ける。
「ウェストミンスターホテルは崖と一体となった観光ホテルです。だから出入り口が1階と屋上の両方にあるのですよ。知りませんでした?」
「それが、何だっていうの?」
シェーファー検事の問いに僕は素早く切り返す。
「崖の上は森が広がっています。彼女は屋上から崖の上に渡り、そこで野宿をしたのではないのでしょうか?」
「ほぅ。変わったホテルなのですね」
裁判長は素っ頓狂な声を上げて続ける。
「ふむ。では被告人に訊ねます。あなたはホテルの屋上から崖の上に移動後、その先にある森の中で夜を過ごしたのですか?」
最後まで聞いた後に、クラウディアはコクりと頷いた。
「へえ、そうなんだ」シェーファー検事は腕を組んで語気を荒くする。
どうやらイライラしているようだ。彼女は組んだ腕を解いて机をドンッと叩き、そして言う。
「それで?弁護側は一体、今の証言から何を証明したいのかしら?」
「もちろん、第三者の証明です。これまでの証言からあの監視カメラに第三者がいたことが明白になりました」
――それを今より証明いたします、と僕は断言した。




