証言台(8) 弁護側検証
「監視カメラの映像をですか?」裁判長は目を瞬かせながら言った。
「はい。まず被告に見てもらいたい映像が、エレベーター内部の映像です」
僕は証言台に立つクラウディアを見る。
「被告はこの映像をよく見るように。何か疑問点やおかしいと感じたことがあったら、すぐに言ってくれ」
「あの……」
たぶん、これが初めてかもしれない。クラウディアは自分から僕に話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「その……ど、どうして……私のこと……」
何か言いたそうだった。だが、クラウディアはただパクパクと口を閉じたり開いたりするだけでその先が続かない。まるで喉元に何かがつっかえて言葉が出てこないように見えた。
――なんだろう?
僕は言葉を待ったが結局彼女は何も言わなかった。
それにしても、と思う。先ほどの警戒心を身にまとっていたときの彼女と比べて、明らかに今の彼女はどこか印象が変わっていた。
確かにまだこちらのことを警戒しているようには見える。だが、敵意のある眼差しは消え、ひどく困惑しているような、形容しがたい表情を浮かべていた。
両手で剣を抱きしめている彼女はただじっと僕の方を見ていた。しっとりとした白い頬は今ではピンク色に染まっていて、泣いていたせいか碧眼の瞳は潤んでいる。
色素の薄い唇はとても小さく、呼吸が荒いせいか半開きだった。
全身を強ばらせて硬くしている彼女は何か言いたそうに僕の方をただまじまじと見つめてきた。
「任せろ」
「――え?」
僕はそれだけ言うと、机の上にあるスイッチを押した。すると法廷内の明かりは消え、視界が薄暗くなる。そして再び空中投影ディスプレイを法廷の中央に出現させる。
証言台の目の前に投影ディスプレイが出現したためクラウディアは後ずさりした。その間も剣を抱きしめる力を緩めず、不安そうな表情でディスプレイを見上げた。
裁判長も、傍聴席の聴衆も、係官も書記官もディスプレイに視線を注ぐ。
ケイトは一度僕の方を見てからディスプレイを見る。
全員の視線が集まる中、映像がスタートした。
法廷の中央に浮かぶ投影ディスプレイは砂嵐の画像から、エレベーター内部の映像に切り替わる。
場面はちょうどクラウディアがエレベーターに入ってきたところで、彼女は『閉』のボタンを押してから最上階のボタンを押した。
「被告に確認したいことがあります」
僕が映像を一時停止すると、クラウディアはハッとした表情を浮かべてから僕の方を振り向く。
「……」
小さい口をキュッと閉じながらクラウディアは僕のことをキツく睨んできた。
余計なことは言わないぞといわんばかりの態度だが、余計なことを言ってもらわないとこっちが困る。
――できるだけ刺激しないように気を付けないとな。
「難しいことは聞かない。だから安心していい。ただ、あのエレベーターの乗り方、君はどこで知った?」
「……書いてあった」
「書いてあったって、何に?」
「封筒に」
――封筒、か。
そういえば、クラウディアの日記には差出人不明の封筒が届いたと書いてあったな……
「その封筒は持っているか?」
クラウディアは首を小さく横に振った。「捨てた」
「どうして?」
「……読んだら燃やして処分して欲しいって書いてあったから」
じゃあ、もう入手はできないか。
――それにしても、一体誰が彼女に手紙など寄越したのだろう?
クラウディアは世界一危険な無国籍地帯で暮らしていた。
仮に何かしらの方法で彼女の居場所を知ったとしても、どうやって封筒を届けるんだ?
――今まで疑問に思わなかったが、この事件、どこか歪 だ。
全体的な印象としては、クラウディアが犯人で間違いないように思える。だが、一つ一つの証拠を精査すると、綻びが生じている。
――もっと注意深く、丹念に事件をほぐした方がいいのかもしれない。
「あの……」
クラウディアはもじもじと体を小さくさせながら、僕を上目越しに見ながら言う。
「ダメだった……かな?」
「ん?ああ封筒のことか。いや、僕でもそう言われたらきっと捨てるよ。気にしなくてもいい。それよりもその封筒にはエレベーターの降り方は書いてなかったのか?」
「……うん」
「一体先ほどから何の話をしているのですかッ!?」
イライラした口調でシェーファー検事が割って入ってきた。両腕を組んで仁王立ちしている彼女は完全に憤っている。
「エレベーターの乗り方が書いてあったかどうかなんてどうでもいいでしょッ!」
「そんなことはありません」
僕はピシャリと検事の言葉を遮る。
「被告は今まで文明の発達していない環境で育ってきました。エレベーターの乗り方を知らない彼女がなぜ乗り方を知っているのか――これはとても重要な証言です。書記官は今の証言をちゃんと記録してください」
書記官の仕事は法廷での発言を全て記録することだ。僕が言わなくてもきっちり今の証言は記録されているのだろうが、こう言っておかないと裁判長が今の証言を忘れる恐れがあるので釘を刺す。
――さて。準備は整った。
監視カメラの映像、証拠と証言の矛盾、そして不審な行動。
僕は意を決す。
今までの議論から導き出される結論は一つしかない。
「弁護側は改めて無罪を主張します。現場には被害者と被告、そしてもう一人、第三者が紛れています」




