証言台(6) 検察側反論
「まず今回用意したCD-Rですが、これは被害者の勤務先である派遣警備会社が保存用の記録媒体として用意したものです」
シェーファー検事は先ほどのCDを2枚ずつ、右手と左手にそれぞれ持って掲げる。傍聴席の視線がその4枚のCDに集まったが、どこからどう見てもただのCDにしか見えない。
特別なモノではなさそうだった。ということは――
「見たところ市販されているものと同じようですね。素人でも簡単に編集できそうだ」
僕の嫌味に対してチッと検事は舌打ちした。裁判長は怪訝そうな顔をしたが、この女、まったく気にしていない。
「これだから素人は困ります」検事は自分も素人であることを棚にあげる。
あいつは超がつくほど機械が苦手なのだ。ロースクール時代の悪事をここで披露してやりたいが、今はそれどころではないので裁判が終わるまで我慢することにした。
魔法嫌いな癖に機械には愛されない。よくよく考えると災難な人生を送っている。
「まず、このCDは市販されていません。警備会社の特注品になります。このCDには一度録画がスタートしたら終了するまで一切の手を加えることができません。撮影を途中で停止させることもできませんし、上書きして別の動画を保存することもできません」
僕は疑問に思ったことを口にした。「緊急時はどうするのですか?」
「例えば、事故とか、災害とか、何かしらの突発的な出来事で撮影が不可能になった場合、そのCDはどうなります?」
「突発的な事故などが原因で映像の撮影が不可能になった場合、例えばカメラが破壊されたり、停電で録画装置が作動しなかった場合はそこで映像は終了になります。そのCDには二度と新しい映像を保存させることはできません」
「でも」僕は続ける。「これは素人考えなのですが、仕様を変更してしまえば誰でも編集は可能になるのでは?」
「本当に素人よね」と検事は馬鹿にするような顔をして言った。
――だから、お前も素人だろーが。なんで玄人目線なんだ?
「このCDに一切の細工は不可能です。それはこのCDには防御型の魔法が仕掛けられているからです。説明してもわかりませんし、実験して見せましょう」
シェーファー検事は証拠品とは別に新しいCDを一枚持って検事席を迂回し、法廷の中央に立った。
彼女は手を離してCDを床に落とす。CDはカランと一回音をたて、床の上で光を反射させながら横たわった。
――何をする気だ?
僕の疑問に答えるようにシェーファー検事は右膝を振りあげた。そのせいで彼女のスカートがめくり上がり、白い太ももがあらわになった。
法廷画家は突然の事態に目をまん丸く開きつつも筆を止めず、キャンバスに向かって一心不乱に何かを書き続けていた。
――きっとケイトの生白い脚を描いているのだろう。ホント、クビになればいいのに。
女検事は脚を振り下ろし、思いっきりCDを踏みつけた。鋭いヒールがCDに突き刺さり、ガンッという衝撃音がした。
ちなみに、ケイトは学生の頃からハイヒールに金属を仕込んでいる。なんでも痴漢撃退用らしい。
痴漢を撃退するのは結構なのだが、傷害罪で二三回しょっぴかれたにも関わらずいまだに履き続けるその勇敢さは蛮行と呼んでも差し支えはないだろう。
彼女は何度も何度も親の敵のようにCDを踏みつける。だが、どういうわけかCDには傷一つつかず、先ほどから光をキラキラと反射し続けていた。
「皆様、これが魔法の力です」ケイトは優雅に手を広げ、傍聴席を振り返る。
おおーッ!と賞賛の声が上がったが、ハッキリ言おう。彼らの多くは魔法よりも、ハイヒールを振り上げるたびに出現するケイトの脚線美しか見ていなかったと。
CDを落とすときはただ手を離すだけでよかった。だが、拾うとなると話は別だ。
あれほど短いスカートで、どうやって拾うのだろうか?僕はなんとなくイヤーな予感がした。
なぜかワクワクとしている傍聴席の男性陣を尻目に、ケイトはとっとと検事席に戻り、そしてぞんざいに言う。「ユージン、拾ってらっしゃい」
「はい」と返事をすると、ユージン検察事務官は忠犬のようにCDを拾いに向かった。腰を屈めて尻を突き出す格好になったが、傍聴席の男性はそれを見ても特に驚きの表情も浮かべず、なぜか残念そうにしていた。
僕はそんな傍聴席を無視し、ユージン検察事務官に呼びかける。「僕にも見せてください」
「え?」ユージンは驚きの声を出したが、「いいわよ。存分に見回して、弁護士さん」と検事が言ったので、そそくさとこちらにやって来て僕に「あの、どうぞ」となぜか赤面しながらCDを手渡した。
――なんだ?
手にとってよく見たが、煌くような光沢がある以外に、どこをどう見てもただのCDだった。手の平サイズの大きさで、中央に丸い穴がある以外に特徴らしい特徴がない。
「よければ差し上げますわ、それ」
――在庫はまだあるからと検事は言い、続ける。
「魔法に守られている限り、このCDは外部からのあらゆる干渉を受け付けません。無理にこのCDに編集を加えようとしても、魔法によってガードされてしまいます。魔法が防御している限りこのCDに保存された映像には誰も手を出せないのですよ、弁護士さん」
――まだ文句ある?弁護さんと彼女は結んだ。




