証言台(4) 被告人
「で、でも私は……」
剣をギュッと握り締める彼女は懸命に訴えた。自分の正当性を。だがその声は誰にも届かない。ただ虚しく法廷に響くだけだった。
「私は、私は世界を救っただけなのに。良い事をしただけなのに……」
「ああ、もう御託は結構ですから」
シェーファー検事は面倒そうに手のひらを掲げてクラウディアの演説を遮る。
「要するにあなたは人を殺した殺人犯なんでしょ?それも人を殺したことを悪いと思って反省するどころか、むしろ良いことをしたと粋がっているただの救いようのないお馬鹿さん。虫唾が走りますよ、あなたみたいな自分勝手な妄想を周囲に無理やり押し付けようとする独善的な正義の味方を見ますと。あなたの言う正義なんて所詮、特に根拠のない妄想なんでしょ?」
「ち、違う。違うッ!違う違う違う――お父さんは間違ってなんかいないッ!」
今までで一番大きな声だったかもしれない。クラウディアは悲鳴のような叫び声をあげるとそのまま両手で顔を覆い、足元から崩れ落ちた。
――泣いている、のか?
顔を手で覆っているのでわからなかった。でもきっと、泣いているのだろう。
ぺたんと床に座り込んでしまった彼女は肩を震わせていた。そして小さく「なんで誰もわかってくれないの?」と呟いた。
「裁判長」検事はどこまでも辛辣だ。「これ以上の審理は必要なさそうです。被告は自分が犯人だと認めています。さあ、そろそろ判決に移りましょう」
「ま、待ってください!」
この女、何をいきなり言い出すんだ。異議を唱えなかったら危うく有罪にされるところだった。
「まだ、審理は続いています」
「はあ?どこが?今、被告の任意性ある自白がとれたところでしょ?」
「そ、それは先ほどの日記でも同じでしょ!」
「全然違うわよ」
検事は突き放すように言う。「日記は被告が拘留されていたときに書かれたもの。あなた達弁護士はこういう自白に対していっつもこう反論するじゃない。この自白には証拠能力がないって。本当に失礼しちゃうわ。まるで私たちが違法な取り調べをしているみたいじゃない。冗談じゃないわ。といってもこっちは取り調べ中の自白に対して任意性を証明する手立てがないから、いっつも臍を噛むことになるんですけどね。でも今回は違う」
チッチッチッと舌を鳴らすと、検事は人差し指を被告に向ける。
「私がいつ彼女を脅迫したの?自白なんて強要したかしら?自白と受け取れるような誘導尋問なんて、したっけ?うーん……全然してない」
「そ、それは……」
そんなことは、もちろんしていない。
「検事側はまったくなーんにもしていませんよ。ただ勝手にベラベラとそこの被告が自分から私がやった、私は悪くない、魔王が悪いんだと自白したでしょ?この自白には十分な証拠能力がありますよ」
「し、しかし、先ほどの監視カメラの矛盾点はまだ解明されていません」
「ああ、あれ?やっぱり記憶違いじゃないの?見たところ、このお嬢さん、勇者と呼ぶほど勇敢でもなさそうですし」
「――ふざけるなッ!」
思わず机を拳で叩いた。
「十代の小娘が、初めての裁判で、それも殺人事件の訴訟でまともに弁論なんてできるわけないだろ。素人相手に粋がってんじゃねえ、言いたいことがあるなら弁護士に直接言えッ!」
「そうさせてもらうわ」
シェーファー検事と僕の視線が交差した。彼女の眼光は鋭い。目を離したらそのまま気圧されてしまいそうだった。
――カンッ。ちょうどタイミングよく裁判長の木槌の音が法廷内に鳴り響いた。
「弁護側、検察側、お二人共静粛に。それにしても、ふむ。確かに被告の今の発言は自白とも受け取れます。ですが、弁護側の主張も気になります。被告人の証言が真実ならば、なぜこのような間違いが起こるのでしょう?」
裁判長の言葉を聞いて、閃いた。
もしかしたら、逆転無罪とまではいかないが、裁判を引き延ばすことはできるかもしれない。
正直なところ、僕にはクラウディアが本当に人を殺したのか、違うのか、善人なのか、悪人なのか、まだわからない。
刑事事件の弁護士の厄介なところだ。依頼人を信用したいのに、信用できない。
こういうのがあるから、民事専門の弁護士を目指していたはずなのに。
――どこで間違えたのだろう?
信用している人間に裏切られるのは、とても辛い。この仕事を辞めたくなるほど、心を深く傷つけられる。
でも、お金のために仕事をしていれば、傷は浅く済む。
たとえ裏切られても、お金のためにやっているのだからと自分に言い訳できる。
今回も、そうしよう。まだ被告が、彼女が本当に罪と罰に見合うだけの人間かわからない以上、彼女が悪人か善人かの判断は保留にして――
今はポケットマネーのために、裁判は延長させる。
「裁判長。弁護側は検察側の証拠収集のやり方に疑問を感じます」
今まで余裕そうな表情を浮かべていたシェーファー検事の頬がぴくりと引きつった。
さすがに、今の発言は無視できないのだろう。ピキピキとケイトのコメカミに青筋が走った。
「お前、何いってんの?」
凍えるような冷淡な声に、ようやくケイトの本音を聞き取れたような達成感があった。
僕は知っている。強引な方法で有罪を勝ち取るケイトだが、彼女は常にフェアな人間性の持ち主だということを。
ルールを大切にするからこそ、自分に対しても非常に厳しいルールを課している。
他人に厳しい以上に自分に厳しい彼女は違法な行為なんてまずしない。たまに恣意的に捻じ曲げるが、どこかで一線は引いている。
だから、彼女が違法な行為に手を染めるなんて僕もまったく思っていない。思っていないのだが――
――今までよくもまあコケにしてくれたよな、このクソ女がッ。
「被告は非常に正直な心の持ち主です。ここまで正直だと、証拠なんて不要に思えるくらいです。にも関わらず、監視カメラの映像に矛盾点がありました。もしかしてその映像、検察側にとって都合が良いように編集でもされているんじゃないのですか?」
――これは立派な違法捜査ですよ、検事さんと僕は最後に付け加えた。




