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証言台(3) 被告人

「……」


 裁判長は何か言いたげに口を一度開いた。その特徴的な白いヒゲがゆらゆらと動いたが、やがて思い直して口を閉じた。


「で、では人定質問は終わりですね。早速証言に行きましょう」


 僕はそそくさとこの話を終わらせようとしたが、そうは問屋を下ろしてくれない検事が、「ちょっと待ちなさいよ」と異議を申し立てる。


「聞き捨てなりませんね、今のセリフ。魔王とは一体、誰のことを言っているのか、詳しく教えて欲しいですね」

「そ、そんなことは本件とは関係ない……」


「はあ?何いってんの、お前?大アリでしょ。これ、殺人事件よ。被告は今、はっきりと証言しました、自分は勇者で魔王を殺したと。裁判長もお聞きになりましたよね?」


 裁判長はふさふさの白ひげを撫でながら、深刻そうな表情を浮かべていたが、やがて小さくため息をして答えた。「ふむ。最初は聞き間違いかと思いましたが、どうやらまだ私の耳は健全のようでホッとしました」



 検事は僕から顔を背けて、背中をわらわらと震わせている。


 ――あの女、笑ってやがる。


「では被告人にお聞きします」


 頬角をピクピクと動かしながら検事は続けた。「あなたが殺害した魔王とは、この人ですか?」


 検事は拡大した被害者の顔写真を右手に掲げてよく見えるようにした。


 もともと目つきがキツイせいか、クラウディアの表情はあまり変化しなかったが、きっとよく見ようとしているのだろう。前かがみになって写真を見る。


 今までの正直すぎる回答を考えると、この質問にも正直にハイと答えてしまうかもしれない。

 せっかくここまできたのに、もう終了なのか……


 なかば諦めかけていた。だが、クラウディアの回答はこちらが予想するものとは違った。


「わかりません」


 小さく、水分の少ないかすれた声だったので聞きにくかったが、確かにクラウディアはそう答えた。


「わからない?あなたはどこの誰とも知らない人間を勝手に魔王だと思い込んで殺したというの?」


「それは……その、あのときは暗かったし、魔王は帽子をかぶっていて顔もよく見えませんでしたし……でも、でも……私には――わかるんです」

「どうやって?」


 検事は追求するが、クラウディアは答えに窮していた。


 ――このままだとまずいな。

 クラウディアが勇者かどうかは別にして、何の根拠もなく善良な一般人を勝手に魔王だと思い込んで殺害したとなったら裁判長の心証も最悪だ。


 でも、合理的な答えなんてあるのか?


 僕はしばらく考え込み、やがて思いつく。


「あらあら、急に饒舌になったと思ったら今度はだんまり?勇者の割には臆病ね」

「待ってください」


 僕は検事に反論する。「被告はたとえ素性の知らない相手であっても魔王かどうか識別することができました。彼女が持っている剣はただの聖剣ではありません。魔王以外の生物は一切斬ることができない、特殊な聖剣です」


 最後の言葉を皮切りに法廷がざわつきだした。


「聖剣?」

「なにそれ?」

「魔王しか斬れない?」


「警察の資料によると、被告が持つ聖剣、ブルートガングは魔王以外の生物を斬ろうとしても触れることができず、そのまま通過してしまうとのことです。つまり、被告は剣で斬ることで相手が魔王かどうかを判断することができたのです」


「ほぉ。それは面妖な……しかしそうなると、一つ疑問が残りますね」


 最初こそ驚きの表情を浮かべていた裁判長は、すぐに眉根を寄せて渋い表情を作り、考え込む。


「それが本当だとすると、被告は魔王を殺害したことになります。しかし私の記憶によると魔王は確か……」


「五十年も前に死んでいる。そうおっしゃりたいのですね、裁判長」


 シェーファー検事が後を引き継ぐように言うと、裁判長がそれに同意して、「ふむ。少なくとも私はそのように記憶していますが、最近は家内にもよくボケ始めたんじゃないのと叱られる始末でして……実際は違うのですか?」


「いいえ、裁判長の疑問はもっともです」検事はにっこりと朗らかに言う。「おかしいのは弁護士と被告の方ですから」


 検事の物言いに反論しようとしたが、遮られた。「私はおかしくなんかありませんッ!」


 最初、誰が言ったのかわからなかった。だが、全身をプルプルと震わせているクラウディアを見て、ようやく今の声の正体が彼女だとわかった。


「私は、私は、正しいことをしたんですッ!悪の魔王を殺して何がおかしいんですかッ!平和を乱す魔王を殺してなんで私が責められるんですかッ!こんなのおかしいよ、間違ってるよッ!」


 はあ、はあ、はあ……


 静寂の中、クラウディアの荒い息遣いだけが聞こえた。彼女の頬は赤く染まり、目は丸く見開かれていた。


 まるで生まれて初めて大きな声を出したといわんばかりだった。もっとも、今のは完全に失言で、検事のいい攻撃材料になっただけなのだが。


「被告はどうやら、完全に思い違いをしているようですね」


 検事は冷たい眼差しで被告を睨む。クラウディアは一瞬たじろいだが、すぐにキッと睨み返した。唇は固く結ばれ、本人は精一杯威嚇しているようにも見える。だが……


 彼女のその態度が虚勢であることに、この法廷にいる全ての人間は気づいていただろう。


 それは傍から見ていればすぐにわかることだった。クラウディアが懸命になればなるほど鞘を持つ手に力が入り、ガタガタと剣が揺れていたから。


「いい、お嬢さん。ここは法治国家なの。悪も正義も、法律こそ全て。あなたの自分勝手で独善的な正義なんてね、ここでは一切通用しないのよ」


 ――ルールを破ったあなたが悪なのよ、お嬢さんと検事は言った。

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