面会(3)
確かに前途多難であろうとは思っていた。
経営なんて初めての経験だし、最初は上手くいかないことや失敗の連続だろうとは予想していた。
しかし、それでもなんとか切り盛りはしていた。実績がないから小さな仕事や面倒な依頼も積極的に受けた。
それでも経営はなかなか上向かず、黒字よりも赤字ばかりが膨らんでいった。
そしてその日の朝。開業当初は希望で満たされていた事務所の扉を開けると、そこには希望どころかゴミ一つないキレイな部屋があった。
すぐに携帯電話で事務員に連絡した。
トゥルルルルル……一向につながらない。
それでもしつこく何度もかけるとやがて眠そうな声が聞こえた。
『はーい、もしもし。どなたですか?』
「もしもし、僕だ」
『あー、はいはい。僕さんですね。振込詐欺師の方ですかぁ?』
「いや、違うんだけど。っていうか僕、君の上司ですけど?」
『知ってますよ。名前表示されてますから。それより何の用ですか、朝っぱらから?』
「いや、用っていうかさ、そういえば君、なんで今日出社してないの?」
『あれ、言ってませんでしたか?私、昨日で辞めたんです』
「え?なにそれ?聞いてないんだけど?」
『そんなことないですよ。ちょっと靴を脱いでみてください』
「なんで?」
『所長の靴の中に辞めるって書いておきました』
「ああ、そうなんだ。それは気づかなかった。ごめんね」
『わかればいいんですよ。じゃあ、私眠いので切ります』
ガチャ。通話が途切れた。
僕は靴を脱いだ。確かに靴の中に書いてあった。
『所長へ。辞めます♥ PS;靴超臭いので死んでください』
もう一度電話をかけた。二回、三回とコール音がすると、再び眠そうな声が聞こえた。
『なんですか?』
「なんですかって、こっちが何ですかだよッ!なんだこれはッ!?」
『朝からぎゃあぎゃあ叫ばないでください。ただでさえ昨日、腐臭がする靴に辞表を書いたんですよ』
「腐臭でゴメンねええええええッ!これからは気をつけるよッ!っていうかさ、君あれだろ、先々月雇ったばっかりじゃん。なんでもう辞めてるのッ!」
『えー、だって所長。先月の給料まだ振り込んでないじゃないですか。私もボランティアじゃないんで、払うもの払ってもらわないと困るし」
「え、いや、それはそうなんだけどさ」
『だいたいこれ、あれですよ。労働基準法違反ですよ。いいんですか、弁護士がそんなことしても。早く払うもの払わないと、出るとこ出ますよ』
「あの、その、ごめんなさい」
『頼みますよ』
「うん。それは早急に払います。でさ、もう一つ聞きたいんだけど、ここにあった事務用品とかどうしたの?今朝来たら空っぽだったんだけど?」
『それだったら私が質入れしておきました。早く取り戻さないと流れるんで、気をつけた方がいいですよ』
「え、本当かよ。先に言ってよ」
『すんません。んじゃ、もういいですか?』
「うん。朝からゴメンね」
――ぶち。荒々しく通話が切れた。
「そっか、質入れか――」
僕は窓際に立ち、そして吠えた。
「勝手に質に入れんじゃねええええええええええッ!!」
――バックラーなんて雇うんじゃなかった。