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弁護側主張(7) 弁護側反論

 傍聴席がどよめいた。当然だ。検察側が提示した映像はあまりにも衝撃的で、疑いの余地はなく、クラウディアが犯人であることを明白に指し示していたのだから。


 証拠としては決定的だ。そこにケチをつけようというのだから、馬鹿にされるのも当然かもしれない。


 ――だが、誰がなんと言おうと見つけたのは事実だ。なぜこのような矛盾点が生じてしまったのか、理由はわからない。


 わからないのだけれど、ここまできたら徹底的にやるだけだ。


 僕はディスプレイの画面に触れて、映像を切り替える。


「まず、皆さんにご覧いただきたい映像があります」


 あとはディスプレイの横にあるスイッチを押すだけだ。それだけで先ほどの冒頭弁論のときと同様に、法廷内の明かりがすべて消え、法廷の中央に空中投影ディスプレイが出現する。


「弁護人」裁判長は目をパチパチと瞬かせる。「これは何です?」


「これは、検事側が最初に我々に見せてくれた映像、屋上にある展望台の映像です」


 場面はちょうどクラウディアが被害者を襲った後のシーンだった。クラウディアは画面の中央にいて、前回同様に踵を返したときに剣の鞘の先端が帽子にあたった。警備員の制帽は乾いた地面を転がるとそのまま柵を通り抜けて夜の闇へと消えていった。


 僕はここで画面を停止する。「ここです。ここが、この映像のおかしな点になります」


「おかしな点って……」

 シェーファー検事は腕を組み、考え込んでいる。「何もないじゃない」


「ふむ。確かにシェーファー検事の言うとおりです。私には特別、この映像におかしな点はないように見えるのですが?」


「その通りです」僕は裁判長に同意する。「この屋上には塵一つ、いえこう言い換えましょう」


 リモコンを手にし、僕はレーザーポインターをオンにした。そして空中投影ディスプレイの、ある箇所をレーザーで指し示す。そこは、何もない地面だった。


「この展望台には――雪がまったく積もっていません」


「え?」

「は?」

「あれ?」


 一瞬、時間が止まったと思った。それくらい場が凍りつき、微動だにしなかったからだ。


 だが、すぐに傍聴席がざわざわと動揺し始めていた。「本当だ」「何もない」「どうなってんの?」


 僕は傍聴席のざわめきを無視して続ける。


「現場となったホテルの展望台は屋上にあります。当然、屋根やそれに類するものもありません。それは映像内の満点の星空を見れば一目瞭然です」


「あ、あああッ!」

 

 シェーファー検事は口元に手をあて、後ろに一歩たじろいだ。


「た、たたた確かにその通りですッ!これは一体……」


 裁判長も驚きの表情を浮かべる。だが、まだ僕の反論は終わらない。


「いいですか。検事側はこの映像が11月11日の21時頃に撮影されたと主張しました。CDの4枚目の映像を見ると、11月11日の21時、庭園の地面には雪が積もっていました。にも関わらず、屋上だけ雪が積もっていないなんて、これは明らかな矛盾ですッ!」


 僕はディスプレイに触れて、画面を切り替える。それは4枚目のCDの映像で、空中投影ディスプレイには1階の廊下から見える庭園の景色が映し出されていた。


 映像は先ほどと同様で、現場は一面雪景色だった。それは地面だけでなく、生垣や像も同じだ。


 法廷の中央に大々的に浮かぶ投影ディスプレイの画面の端に僕はレーザーポインターをあてる。そこにはデジタル数字で21時25分と表示されていた。


「この4枚目のCDも、検察側は11月11日に撮影されたものと先ほど主張しました。しかし、現場の状況を見る限り、明らかにこの二つはまったく別の時間帯、それこそ違う日に撮影されたものですッ!」


「な、ななな、ななによこれはッ!!」


 ものすごい絶叫が法廷に響いた。今までこんな金切り声は聞いたことがない。声の主は――ケイトリン・シェーファー検事だった。


 や、やったのか?


 僕の反論に対してケイトはまったく反論をせず、ただ机をドンドンと叩いて悔しそうに歯を食いしばっていた。最後に一度、両手で大きく机を叩くと、


「ダニエルッ!!」


 とロースクール時代によく呼んでいた僕の名前を、法廷で初めて叫んだ。思わずドキリとした。


 それは今まで一度も見たことがないような凶悪な顔を彼女が浮かべていたからなのだが、それもすぐに雲散霧消、元の自信ありげな表情に戻った。



「展望台に雪がなかったからって、いい気にならないで欲しいわね、弁護士さん」


 ――ッ!なにを言うつもりだ?


「現場となった展望台はこのホテルの名所の一つです。高台から見下ろす景色は絶景で、宿泊客からの評判も上々なんですよ」

「は?そ、それがどうしたっていうんですか?」


「展望台に雪がなかった?馬鹿言わないでください。このホテルは一流観光ホテルです。雪が積もったら、宿泊客の邪魔にならないように従業員が除雪するに決まってるでしょッ!」


「し、しかし、映像を見る限り、雪の量はとても多いです。一朝一夕で除雪なんて不可能だッ!」

「ここに気象局のデータがあります」


 シェーファー検事は素早く資料を手に取り、読み上げた。


「確かに11月11日、現場付近では雪が降ったようです。雪が降った時刻は、8時から16時までの8時間だけ。それ以降は雪は止んでいたそうですよ」


「え?」

「16時から21時、5時間もあれば、雪かきなんてできるでしょ」


「し、しかし。だったらなぜ庭園の除雪はしないのですか?展望台がホテルの名所なら、庭園だってホテルの名所です。これほど雪が積もっていたら、それこそ危ないでしょッ!」


「う、それは……」


 よし。危ないのはこちらだったが、ハッタリでなんとか誤魔化せそうだ。


「次から次へと、ハッタリばっかり……」


 あ、ばれてた。


 僕は一度机を叩き、検事を睨み返して言う――「それはお互い様です」そして被告席を指差して続ける。


「余計な小細工ばかりしやがって。裁判長、弁護側は被告の証言を要求します」


「む。証言、ですかな?」

「はい。被告が現場に現れたのは10日だったのか、それとも11日だったのか、それは被告の証言を聞けばすぐ立証できます」


「ふむ。しかし……」


 裁判長は眉間にしわを寄せ、被告席につくクラウディアを見る。


「裁判長ッ!被告が暴れていたのは、それは彼女が剣を持っていなかったから、神経症が原因だったと先ほど証明されたはずです。弁護側はこれ以上、被告への人権侵害を認めません。検察側は即刻すべての拘束を解けッ!」


「ハッ!馬鹿言わないで……」シェーファー検事が続ける。「逃走の危険のある被告を自由にしろっていうの?」


「だったら、剣を彼女に渡せ」


 これは流石に言いすぎだろうか?僕は一瞬後悔したが、すぐに迷いを打ち消した。


 傍聴席のどよめきがうるさい。だが、気にする必要はない。


「被告は逃げたりしません」


 これは――もう賭けだ。


 もしもこれで失敗したら――被告が暴れるなり逃げるなりしたら、二度と裁判長の心証を良くすることはできないだろう。だけど、彼女が剣を渡された後も逃げずに、最後まで立ち向かってくれたら……


 勝機はもうそこしかない。僕には、彼女を信じる以外に選択肢がない。



「そ、そんなこと……」


 シェーファー検事は拳を強く握り、僕と裁判長、そして被告を見る。


 カンッ――裁判長の木槌の音がなる。「仕方がありません」


「検察側の提示した証拠品に疑問がある以上、それは検めなければなりません。しかしそれを証明する手がかりは今のところないようです。こうなった以上、被告の証言を聞かないわけにもいきません。不本意ですがシェーファー検事、凶器……いえ被告に剣を渡しなさい」


 苦虫を噛み潰すような表情を浮かべていたが、やがて観念したのか、検事は「ユージン、被告の拘束を解きなさい。あと、この剣も渡しなさい」


 ケイトは乱暴に剣をユージン検察事務官に渡した。


 ユージンは「は、はいッ!」と剣と鍵の束をもって被告席に近づいた。


 いよいよだ。


 本当に、本当に長かった。でもこれでようやく、彼女の拘束が解かれる。


 係官がまず彼女の腰縄を後ろから解いた。ロープはたるみ、係官がひっぱるとそれはスルスルと彼女の胴体から逃げていくように見えた。


 ――ガチャ。手錠が外れる音がした。

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