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弁護側主張(6) 弁護側反論

……ここのルールか。


 それだけ言うと、法廷に再び静寂が戻った。といってもただ黙っているわけではない。傍聴席にいる人間はただ、これから何が始まるのかこちらの一挙手一投足をじっと観察しているだけだ。


 一度にこれほどの注目を浴びるのはこれが初めてというわけではない。

 ただその一人一人が僕がこれから何をするのか、好奇心と猜疑心の入り混じった目で見ているだけに、こちらとしては冷や汗ものだった。


 もしここで証明ができなかったら……


――もうやめよう、諦めるのは。


 僕は頭を振って迷いを払った。そして対峙する検事の鋭い眼差しに真っ向から睨み返す。


 あいつはもう今まで通りの悠然とした、さも自信ありなんといった表情を浮かべている。


――本当は臆病なくせに。


 いや、間違っていない。あいつは検事だ。検事の仕事は正義を守ることだ。あいつは自分の役割を全うしているだけに過ぎない。それも全力で。


 にも関わらず、僕はどうなのだろう?僕は……


 最初から諦めていた。正直、面倒な仕事だと思っていた。なぜこんな殺人犯を擁護しないといけないのかと、どこかで見下した。


 ……ばっかやろう。


 なんでお前が諦めるんだ。お前の仕事はいつから人を疑うことになったんだ?そんな仕事はケイトにでもくれてやる。


 僕は――


 被告席には今、轡をはめられた少女がいた。あの少女は、本当に悪人なのか?


 轡があろうとなかろうと関係ない。たとえ轡がなかったとしても、ただの少女に自分の身の潔白を証明できるだけの弁論能力などあるはずないのだから。


 彼女は法律に違反したかもしれない。だが、本当に悪人なのか?彼女は殺人犯なのか?死刑になるほどの悪人なのか?


 疑うのか?何も知らないくせに。法律用語どころか世間の常識すら怪しい彼女を一方的に弾圧していいのか?よってたかってお前が悪だと決めつけていいのか?


 違う、違う、違う。たとえ世界中の人間が犯罪者は悪だと決めつけても、弁護士だけは味方であり続けなければいけないんだ。


 たとえ、裏切られても。裏切るような人間にならなければいいんだ。


「弁護側は……証明する準備があります」


 かろうじて、声を絞り出した。


「へえ。それは面白いですね」


 検事はせせら笑う。裁判長は渋い表情を一層厳しくし、傍聴席からの視線は強くなるばかりだった。


 そして被告は、クラウディアは、もはや泣けばいいのか、それとも喜べばいいのか、なんとも表現しようのない表情を浮かべていた。


 法廷に木槌の音が鳴り響いた。「よろしい。では、ロックハート弁護士の主張を聞きましょう」


「わかりました」


 もう後には引けない。


 ――ここで証明する。それ以外に方法はないんだ。


 僕は彼女を信じる。となると、間違っているのは証拠の方だ。


 ただ、先ほどの映像を見る限り特におかしいところはなかった気がする。


 検察側が提示したCD-Rは全部で4枚。


 1枚目は11月11日に撮影された映像で、屋上の展望台でクラウディアが被害者に襲いかかっている映像だ。


 2枚目も11月11日の映像で、ホテル内にあるエレベーター内部の映像。

 3枚目は2枚目の続きで11月12日、午前0時00分からのエレベーター内部の映像が撮影されていた。


 そして4枚目。これも11月11日の映像で、1階の通路にある監視カメラが庭園と、空から落ちてくる遺体を撮影していた。



 僕は机に設置されているディスプレイを起動させる。これは法廷で提出された証拠品の画像や動画をチェックするときに使用されるもので、同様のものが検察側の机と裁判官の机にも設置されてある。


 検察側と弁護側が裁判中に提出した証拠のデータなどは逐一保存され、弁護士と裁判官、そして検察がいつでも閲覧できるようになっているので、裁判中に出た証拠品などを改めてチェックしたいときに役立つ。


 あの映像を見る限り、事件当日の被告の行動は明白だ。


 まずエレベーターに乗って屋上の展望台に向かった被告はそこで身を隠した。


 その後にエレベーターに乗ったのが被害者で、彼は警備の巡回のため屋上へ向かい、そこで被告に襲われた。


 被害者は背中を剣で斬られ、そのまま展望台から転落。4枚目のCDの映像で転落した後の被害者の様子をうかがい知ることができる。


 被害者を剣で斬りつけた後、被告は再びエレベーターに乗る。1階のボタンを押した彼女はエレベーターの扉が開くのと同時に通路へと出て、現場より逃走。


 これが映像から判断できる被告の行動だ。どこにも不自然な点はないし、これだけの証拠があれば警察が被告を逮捕するのももっともかもしれない。


 しかし、もしもこの証拠が嘘で、被告の証言が真実の場合、この映像にはどこかに矛盾点がある、はずだ。


 被告は確かに日記に書いている。殺害したのは12月5日の25日前、つまり11月10日だと。


 日記の最後には、


 ――『明日、弁護士がやってくるそうです。どのような人がやってくるのかわかりませんが、私はありのままに見たこと、聞いたこと、そしてやったことを白状するつもりです。』


 と書かれている。


 本当に、悔やまれる。


 僕が被告に面会に行ったのは12月6日。つまり昨日だ。あのとき、全部話してもらえればもっと違う展開になったかもしれないのに。


 検事を見て、つくづくこの女は厄介だと思う。被告を有罪にするためならどんな手でも使う、本当に嫌な女だ。


 だが、被害者とその家族からしたら、これほど優秀な検事もいないのだろう。


 だったら、僕は被告にとって優秀な弁護士になるだけだ。


 どこかに矛盾点はないのだろうか?


 ディスプレイで再生される映像をじっと見つめる。


「ねえ、弁護士さん。一体いつ、私に反論してくれるのかしら?」


 一向に反論しないこちらに対して痺れを切らしたシェーファー検事が辛辣に言う。


 それは裁判長も同じで、木槌を一回、二回と鳴らし、怒りを含む顔でこちらを見る。


「弁護側。反論をするのなら早急に。余計な時間稼ぎはしないように」


 それでも僕は沈黙したままだった。ただひたすら映像を見比べる。


「弁護人。いい加減になさい。これ以上黙ったままなら、反論はないと見なし……」


 ――あった。


 僕はすかさず言った。


「検察側が提示した映像は、証拠能力に疑問があります」

※目次

CD1枚目=冒頭弁論(3)(4)参照

CD2枚目=冒頭弁論(5)参照

CD3枚目=冒頭弁論(5)参照

CD4枚目=冒頭弁論(6)参照

日記 =プロローグ参照


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