弁護側主張(3) 検察側反論
僕は少し移動し、クラウディアを正面から見た。すると、今まで一体何を鳴らしていたのか、その正体がわかった。
今まではてっきり彼女が手首の手錠をガチャガチャ鳴らしているのかと思ったが、実際は違った。確かに何度も手錠を外そうともがいていたような痕跡として手首に赤い筋が浮かんでいたが、それよりもガクガクと貧乏ゆすりをする足の方が目立っていた。
「突発的で不規則に体の一部を動かすこの症状はチック症と呼ばれています。誰だって一度くらい見たことあるでしょう。ただ何度も発声を繰り返すといった症状は日常生活ではあまり見かける機会はないかもしれませんね」
「発声、だと」
そういえば、この裁判が始まって以来何度かクラウディアが声を漏らすのを聞いていた。
あれは――威嚇していたわけではなかったのか。
「でも、ブランケット症候群をおさえるためにはぬいぐるみや毛布が必要なんだろ?」
「精確には安心感を取り戻せるものです。子供にとって安心の象徴であればなんでも構いません。ぬいぐるみがないと不安感に苛まれる子供がいれば、母親といつまでも離れられない子供もいます。ぬいぐるみも母親も、子供にとって安心感の象徴になります」
「被告は、彼女はそんなもの持っていない」
「いいえ、持ってますよ。今は持ってませんが、捜査協力中はずっと肌身離さず、無理に奪い取ろうものなら必死に抵抗するほど大事に抱えていました」
なんだよ、それ。いや、心当たりはあった。
「被告は非常に凶悪なモンスターが闊歩する森の中で今まで生活してきました。当然、その緊張感や不安感は普通の人の比ではありません。彼女にとって安心感を取り戻せる象徴、それは――」
――返して、と面会室で彼女は切実に訴えていた。
「それは武器です。彼女にとって剣とは攻撃するものであるのと同時に子供にとってのぬいぐるみや毛布、つまり母親のような存在だったのです」
シェーファー検事は隣にいる検察事務官に目配せする。すると事務官はまるで打ち合わせ通りといわんばかりの動作で机の下から、聖剣のブルートガングを取り出した。
資料で見たのと同様、いやそれ以上に小汚い剣だった。鞘はところどころ黒い汚れが目立ち、鍔は一部欠けていて、グリップは手垢まみれでとても聖剣と呼べるような神々しさはなく、どちらかといえばガラクタやゴミと呼んだ方がいいようなものに見えた。
普通の人から見ればただの鈍らにしか見えない。だが、クラウディアにとってそれは、なによりも大切な聖剣だったのだ。
シェーファー検事は大事そうに剣を机の上に置く。それはちょうど、何年も一緒に過ごしてきたぬいぐるみのような面影が漂っていた。




