弁護側主張(2) 検察側反論
カチャカチャと手錠の音が静寂を破り、法廷の中でその金属音をいつまでも鳴らし続ける。
延々と鳴り続けるこの音を不快に思う人はきっと多くいるのだろう。傍聴席にいる人の中にはたまに神経質そうに眉根を寄せてクラウディアの方を見る人もいるほどだ。
必死にもがいているようにも見えるし、ここから逃げ出そうと暴れているようにも見えるクラウディアの言動を指差して、シェーファー検事は言う。
「裁判長には被告が今、なにをしているように見えますか?」
「ん?被告がなにをしているか……はて、私には特別、何かをしているようには見えませんが……」
「なにが言いたいんですか?」僕はすかさず反論する。「彼女はただ……」
――ただ、なんなのだろう?
僕は次の言葉を探したが、それは検事に遮られた。
「ただ、暴れているだけ、と言いたいのかしら?」
「それは……」
「いいですか、弁護士さん。確かに彼女の言動は支離滅裂です。警察に逮捕された彼女は非常に協力的な態度でいたかと思えば突然暴れたり、脱走を企てようとしたりと、まるで首尾一貫としていません」
「ですから、事理弁識能力がないと何度も主張しています」
チッチッチッ……検事は人差し指を口元にあて、小馬鹿にするように舌を鳴らしながら言った。
「暴れてなんていませんよ。むしろ反対です。彼女は精一杯、冷静に今の事態を認識しようと努力しているのです。その結果として、非論理的な行動をとらざるをえなくなった」
シェーファー検事はクリップで留めてある書類を手にし、続けて言った。
「ここに精神科医が作成した被告のカルテがあります。医師の診断によると、被告には重度のブランケット症候群があると報告されています」
「ぶ、ブランケット?」
まったく馴染みのない言葉につい聞き返してしまった。
「ブランケット症候群。神経症の一つです。裁判長にはお孫さんはいますか?」
「へ?ええ、実は3歳になる孫がいます。本当に可愛くて……」
「裁判長のお孫さんですから、さぞ可愛らしいのでしょうね」
「ほっほっ。実は先月もうちに遊びに来て……」
「あのッ!それは本件と関わりがあるのですかッ!」
裁判長の話が長くなりそうだったのでつい反論してしまったが、検事は一言「当たり前でしょ」と冷たく言い放つ。
……もう、こいつらヤダ。
「では本題に入りたいのですが、裁判長のお孫さんは夜眠るときにぬいぐるみか何かと一緒に眠りませんか?」
「おや、よく知ってますね。実は出産祝いのときにクマのぬいぐるみをプレゼントしたのですが、いつも肌身離さなずに持ち歩いていて、それが本当に可愛いというか、目に入れても痛くないというか、小さい手で一生懸命抱きしめて離さない……」
この後しばらく裁判長の孫自慢が続いたが、あまり事件とは関係なさそうだった。
「それがブランケット症候群です」
延々と続きそうな裁判長の孫トークを抜群のタイミングで遮ったのは検事のその一言だった。
「小さい子供がお気に入りのぬいぐるみや毛布がないと夜眠れなくなるこの症状をブランケット症候群と呼びます。ぬいぐるみを抱きしめることでお孫さんは夜になっても不安にならず、安心して就寝することができるのですよ」
「ほほー。そうなのですか。それは知りませんでした。実は最近、娘が心配しているのですよ、このまま大人になるまでぬいぐるみを手放さなかったらどうしようと……」
「ご心配ありません。成長すれば自然とぬいぐるみを持たなくても夜寝付けるようになります」
「ちょ、ちょっと待てよッ!」
一体こいつは何を話しているんだ?
「検事は先ほど、被告はブランケット症候群を患っていると主張しました。ですが、それは子供の話でしょ?被告は……」
僕は被告を指差す。そして思った。――18歳は、子供なのだろうか、大人なのだろうか、と。
どっちなのだろうと悩んだが、きっとどちらも正解だし、どちらも間違っている気がした。だったら、こっちにとって都合の良い方を選べばいい。
「被告は――大人だ。まだ若いが、裁判長のお孫さんほど小さくありません」
「その通りです」検事はあっさり認めた。そして言う。「だから問題なのでしょ」
「ブランケット症候群は子供が患っているうちは特に問題ありません。これが大人になっても続くから問題になるのです。ほら、被告の足元を見てみなさい。チックの症状が出て、何度も足につけた手錠をガチャガチャ鳴らしてるでしょ?」




