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人定質問

「では次に、被告の人定質問に入りますが、その状態ではそもそも話しなんてできませんね」


 当たり前だ。どこの世界に轡を噛んだまま話しができる生き物がいる。


 ただ、ここで異議を唱えるのは得策ではなかった。


 決定的な証拠、国際条約の適用外……もうこの被告を無罪にできる方法は一つしかない。


 つくづく自分が嫌になる。僕は、こんな方法に頼らないと誰も助けられないのだろうか。


「本当どうしましょう、ねえ弁護士さん」


 シェーファー検事はわざとらしくこちらを誘う。二度と罠にはまってやるか。


「被告は精神的に非常に動揺しています。余計な質問をせず、簡単な質問であればわざわざ本人に説明を求める必要はないでしょう」


 僕の言葉にシェーファー検事はニッコリとする。裁判長も深く考え込むように両目をつむっていた。


「ふむ。どうやらそのようですね。シェーファー検事は人定質問を要点だけに絞るように。くれぐれも被告の地位を悪くするような言動は慎んでください」


「承知しました、裁判長」


 シェーファー検事は裏表のなさそうな表情をしていたが、すぐに元の冷たい表情に戻り、被告に向き合う。


「では、被告人。あなたはクラウディア・ラインラントで間違いありませんか?イエスなら一回頷いてください」


 僕個人としては、頷かずにそのままガチャガチャ手錠でも鳴らしてもらっていた方が今後の戦略上ありがたかったのだが、こちらの意図に反してクラウディアは一回こくりと頷いた。


「年齢は18歳、国籍なし、間違いありませんか?」


 今度の質問にはやや間が空いた。クラウディアはただ「うぅぅぅッ!」と野犬のように唸っているが、やがてシェーファー検事が「質問に答えたら目隠しを外してもいいですよ」と言うと、再びコクリと頷く。


 初めて拘置所で会ったときからこの少女に人間的な対応は無理かもしれないと思っていたが、一応話は通じるし、それなりの応対もできるようだ。


「いいでしょう。ユージンくん、目隠しを外してあげて」


 検察事務官のユージンは席をたち、こちらに近づいてくる。彼はクラウディアの後ろに立つと、恐る恐るといった仕草で目隠しを外した。



 顔の上半分を覆う布が取り除かれるとクラウディアは頭を大きく左右に振り、その拍子に黒く流れるような髪が宙を舞った。


 ようやく、クラウディアの素顔が法廷にあらわになった。もっともまだ轡はしたままだったが、彼女の白く透明な肌と濡れたような碧眼を見て、傍聴席にいた人だけでなく裁判長も固唾を呑んだのがわかった。



 確かに彼らは防犯カメラでも彼女の素顔を見ていたが、映像とリアルは違う。今まで頭に思い描いていたのとはまるで別の人物がそこにいて、面食らっているのだろう。


 もっと凶悪そうな人物を想像していた。


 人を襲うような犯罪者だから、もっと荒んだような表情を予想していた。


 殺人鬼だから、悪魔のような人物だと思っていた。


 今までの裁判の流れからそう思うのはもっともだ。だが、そのような期待を裏切るような相貌の持ち主が、被告席についていた。


 傍聴席はどよめき、法廷画家は一瞬だけ我を忘れて呆然としていたが、すぐに筆を走らせる。


 犯罪者には似つかわしくないほどの美少女がそこにいた。



「クラウディア・ラインラント。あなたは第一級殺人罪で起訴されています。そのことをよく理解するように。あなたは無国籍ですが、グリムベルドの国民と同じように無罪を主張する権利、弁護士をつける権利、不利な証言を拒否する権利、そして有罪の場合には刑に服す義務があります。では弁護士さん、あなた方の話を聞きましょう。もっとも、検察側の起訴状に問題なければ、このまま有罪判決なりますが、どうします?」


 僕は腹をくくる。


「弁護側は、無罪を主張します」


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