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冒頭弁論(6)

「では」シェーファー検事は新しいCD-Rを手に取り、言う。「これで最後になります」


 検事がCDを検事側の机にある読込口に挿入した。


 ――これで終わりか。最後に何を見せるつもりだ?


 法廷の中央に浮かぶ空中投影ディスプレイが新しい場面を映し出す。砂嵐はモノクロの景色に変わり、画面の端にはお馴染みのデジタル時計が表示されていた。


「これは1階の通路に設置された監視カメラの映像です」やや事務的な口調でシェーファー検事は説明した。「この監視カメラはホテルの通路だけでなく外の景色も撮影しています。皆さんに注目して欲しいポイントはここです」



 法廷内は薄暗く、ディスプレイの明かりが唯一の光源だったのだが、そこに新しい光が加わった。

 シェーファー検事が片手に持つリモコンをディスプレイに向けると、そこから赤いレーザーが発射された。レーザーポインターだ。


 廊下のすぐ外は庭園になっており、全面が窓張りであったため、廊下からでも外の景色は丸見えだった。


 画面のちょうど中央あたりにレーザーポインターがあたると、赤い小さな点が出現する。シェーファー検事がリモコンをくるくる動かすと、その動きにあわせて画面上の赤い点もくるくると動き、やがて庭園のちょうど中央にある巨大な像にとまった。


 それは先日、所長に見せてもらったのと同じ像で、巨大な馬に跨る雄々しい戦士の姿は写真で見たときと同じだったのだが、モノクロのせいなのか、それともこの映像が撮影された時間帯が夜中だからなのか、写真で見たときとどこか印象が違っていた。


 ……ああ、そうか。雪が積もっているのか。


 所長の事務所で見せてもらったとき、写真は下から見上げるようにして撮影されていたのだが、この映像はホテルの通路から撮影されたものだ。ホテルのカメラは廊下側に設置されているため、どうしても上から見下ろすように撮影されてしまい、全体的な印象というか雰囲気が写真のときと異なってしまうのだ。

 上から見るとそのときの地面の状況がよくわかり、馬の蹄はすっぽりと雪で覆われていた。


 それは像も同様で、よくみると肩や頭に雪が積もっている。


 ……そういえば11月って雪が降っていたな。いつだったか覚えてないけど。

 といっても、この映像が撮影されているときは既に雪はやんでいるようで、夜空には星が明るく煌めいていた。


 ただ、これだけ積もっていると外は相当寒いだろう。もっとも、血が通っていない像に温度など関係はなく、画面の中央にいる巨大な戦士はいつまでも雄々しく剣を空高く突き上げているのだが。



「この通路は……」


 シェーファー検事は一旦映像を停止し、レーザーポインターを通路へと移動させた。


「展望台行きのエレベーターホールと通じています。つまり、ちょうどこの庭園の上が先ほどの事件が起きた場所、展望台になります」


 それを聞いて嫌な予感がした。

 画面の端をみると、デジタル時計は21:27と表示されている。

 27分、28分、29分……そして30分になった瞬間、それは起きた。


 あまりにも突然の出来事だったため、瞬きをする暇さえなかった。

 画面の上からいきなり人影が出現したのだ。その人影はすごい速度で落下し、そのまま戦士が空にかかげる剣と衝突した。


 人影はちょうど両腕を広げ、足を下に向けたまま、十字架のような格好をして落ちてきて、剣にぶつかり、そして腕の付け根から切断された。


 腕が切断されると人影はまず空中で横向きに一回転した。切断面から血が噴出し、血潮を撒きながら体を横回りに激しく回転させていたので、人間が花火のように見えた。ただしその体に腕は一本しかなく、もう片方の腕は雪の積もる地面へと落ちてしまった。


 白い雪が黒々と染まり始めていた。モノクロでなければ、きっと鮮血で真っ赤に染まっていたのだろう。


 地面に落ちたのは腕だけでなく、当然残りの体も重力に任せて落下したのだが、こちらの体は剣にぶつかった衝撃で落下ポイントがずれ、一度は生垣に落ちたものの、バウンドしてそのさらに向こう側へと転がり落ちてしまった。


 生垣は長方形に切り囲まれており、その表面は雪のせいで白かったが、人影が落ちた箇所は雪がなくなって黒く見えた。


 やがて空から落ちてきた死体は生垣の奥に消え、現場には白馬にまたがった戦士の像と雪を血で染める腕が一本あるだけであった。


 それはとても残酷で、生々しく、そしてどこか現実離れした光景であった。


 誰も一言も発せず、沈黙が法廷を支配した。時間だけがいたずらに過ぎた。

 やがて法廷内に照明が灯ると、視界が明るくなった。法廷の中央に浮かぶ空中投影ディスプレイは天井からの照明のせいでやや半透明になったが、検事側がスイッチを押すと瞬く間に消失してしまった。


「以上です。これが事件の流れです。では、これより起訴状を読み上げさせていただきます」


 シェーファー検事はもう笑みを浮かべていない。ただ眼光を鋭く、クラウディア、いやもはやケイトは彼女のことを人として見ていないだろう。


 ただの非道な犯罪者として扱っている。


 検事は被告を有罪にするため、人定質問を始めた。

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