冒頭弁論(4)
一体どれくらい時間が経過したのだろう?
ショッキングな内容だったためか法廷はしばらく静まり返った。唯一の音といえばもがき暴れるクラウディアがガチャガチャと鳴らす手錠の音と、「んー、ん、んー」と唸る声ぐらいだった。
目隠しをされているためどのような映像が再生されているのかまではわからないのだろうが、今までのやり取りを聞いていればその内容をある程度までは理解できるだろう。
――本当に、やってくれる。決定的な場面じゃないか。
とてもではないが、反論できない。
あまりにも生々しい内容だった。だが、そのせいでかえって現実感が乏しいくらいだ。もっとも、人が殺される場面なんて案外こんなものなのかもしれない。
静寂が覆う法廷において時間は非常に長く感じられたが、録画された映像がまだ先ほどの場面から1分も経過していないことを教えてくれた。
モノクロの映像の中、展望台にはクラウディア一人しかいない。彼女は無表情だったが、肩で大きく息をしているところを見ていると内心は穏やかではないのかもしれない。
――お前は目の前の相手を斬るとき、何を考えていたんだ?
憎悪か、激怒か、悲哀か、歓喜か……それは言葉にしてみれば簡単な感情で、誰でも当たり前のように胸の内に抱いているものだ。だが、普通の人は次の日になればそれも全て忘れてしまう。だから、普通の人はたとえ相手にネガティブな感情を抱いても殺意にまでは至らない。
でも、彼女は至ってしまった。人を殺したいほどの感情を、彼女はどこで手に入れたんだろう?
いっそのことなかったことにして欲しい。今起きたことを忘れてしまいたいくらいだ。だが、目の前の証拠がこの殺人事件が現実に起きたことだとハッキリと僕に告げる。
展望台はホテルの屋上だ。そこに屋根はなく、夜空には今も点々と光り輝く星が舞っている。
一見すると穏やかな気候のように見える場面ではあるが、クラウディアの黒い髪が大きく風に揺られているのを見るとかなりの強風が吹き荒れているのかもしれない。
11月の風が冷たいのか、それとも気温が低いのか、彼女は剣を鞘におさめると再び黒いフードを被り、胸元をぎゅっと閉じた。そして、もうここには用がないといわんばかりに踵を返す。
もう見るものはないのか、シェーファー検事は黒い長方形のリモコンを握り締めていた。
あのリモコンにはレーザーポインターの機能もあり、映像の特定箇所を見て欲しいときに使用することが多い。
もっとも、その反対の手には二枚目のCD-Rがあるためもう見ることはないのかもしれない。
傍聴人も裁判長もそのような雰囲気を読み取ったのか、静寂はやがて破られて再びざわざわと騒がしくなりはじめた。
だから、それに気づいたのはもしかしたら僕だけかもしれない。
クラウディアは剣を鞘におさめると、それを左手に握りしめた状態で踵を返した。そのとき、鞘の先端が先ほど被害者を斬ったときに落ちた警備員用の制帽にあたり、それは突風に吹かれてそのまま展望台から落ちてしまった。
それを確認した瞬間、映像は再び元の砂嵐の画面へと戻ってしまった。画面の端に停止という単語が出現したと思ったらすぐに読込中という単語に変換された。
シェーファー検事が言う。「では、二枚目の映像をご覧ください」
僕は念のため、最後の場面もノートの余白にメモしておいた。




