面会(20)
最悪の事件に最悪の検事。
考えられるだけでも最悪の組み合わせだった。
正直、どこから手をつければいいのかわからない。
裁判所で一通りの手続きを終えた僕は、被疑者がいる拘置所へ向かった。拘置所は裁判所のわりと近くにあったので、歩いて30分ほどで到着した。
裁判所の威厳のある佇まいと違い、正面から見上げる拘置所はまさに人を閉じ込めるのに相応しい要塞といった外観だった。
灰色のコンクリートがむき出しの状態で建てられている拘置所に優しさや温もりは感じられず、ぶつかれば冷たく跳ね返されそうな雰囲気があった。
拘置所で面会の約束をとりつけると、面会室へと案内された。面会室にはテーブルと椅子があり、出入り口が二つあった。
ただし、部屋のちょうど中央に透明なガラスがあり、それが部屋を二つの領域に分断していた。
このガラスからこちら側が僕のいる世界だとしたら、向こう側なんだろう?
同じ空間なのに、ガラス一枚隔てた向こう側がやけに遠く、別の異世界のように感じられた。
面会室に時計はなく、ただ天井の電灯が黙々と光を照らしているだった。
一体どれくらい時間が経ったのだろう?
通常、面会の予約を入れれば10分後には面会できるものだ。そもそも拘置所にいる人間は判決を受けるまで予定がないのだから、すぐに会えるはず。
だが被疑者、いやもう被告か、クラウディア・ラインラントは一向に面会室にやってこなかった。
腕時計を見ると秒針が刻一刻と動き、1分、2分……10分と経過し、やがて30分が過ぎようとしていた。
やがて、面会室のガラスの向こうから絶叫が聞こえた。それは人間の声か、それとも獣の声かよくわからない、ひどく悲しそうな叫び声だった。
「うあああああああああああああああっ!!カエセッ!!」
突然、面会室の扉がぶち破られた。それはその言葉通りの意味で、扉が外れ、一瞬宙に舞った。扉は反対側の壁に激突すると、そのままぐらりと床に倒れた。
それに続くようにして、刑務官が面会室に吹き飛んできた。まるで車に撥ねられたような体勢で飛んできて、先ほどの扉同様に壁に背中からあたり、そのまま地面に崩れ落ちた。
年配の刑務官はぐったりとした表情で口から血を流し、呆然とした表情で地面を見ていた。
――なんだ?
目の前の光景に圧倒されていた。何が起きているのかわからない。
「そいつを取り押さえろ!!」
怒号が面会室に反響する。そして悲鳴、絶叫、嗚咽、なにかを殴る音が面会室の奥にある通路から聞こえてきた。
タッタッタッタ――足音が反響する。誰かがこちらにむかってやってくる。
やがて、通路から一人の少女が飛び出した。
腰まで届きそうな黒髪を振り乱し、切れ長の瞳でこちらを見た。
僕は、彼女と目があった。
お世辞にも清潔とは言えない服装をしている彼女は睫毛を濡らし、その碧眼で僕を見つめている。
写真で見たときとは印象が違ったが、間違いない。クラウディア・ラインラントだ。
彼女の両手は黒い手錠がされていた。だが、その手首には赤い痣があり、両足は何故か裸足だった。
身体のいたるところにかすり傷や痣があった。古そうな傷もあれば、最近できたばかりの傷もあり、よく見ると唇から血が滴っていた。
「面会室に逃げたぞ!追え!」
通路から刑務官たちの怒号が聞こえると、クラウディア・ラインラントはびくりと肩を震わせ、再び僕を睨み、やがてこちらに襲いかかってきた。
とても人間とは思えないような、獣のような咆哮をあげながら彼女は迫ってきたが、部屋を遮るガラスに身体ごとぶつかり、それ以上は進めなかった。
このガラスは非常に頑丈にできている。生身の人間が壊せるものではなく、クラウディアは何度も何度も頭突きをしたが、ドンドンと鈍い音がするだけだった。
やがて無駄であることを悟ったのか、額を窓にあて、碧眼を涙で濡らしながらぼそりと呟いた。
「お願い、返して」
クラウディア・ラインラントはやがて通路からやってきた刑務官に取り押さえられ、そのまま奥へと連れられていった。
結局その日、僕は彼女と面会ができなかった。
――裁判は、明日が開廷だ。




