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面会(18)

 僕が初めてケイトリン・シェーファーという女と出会ったのはロースクールの二年生のときだった。


 当時の僕は学年で常にトップの方にいるほど優秀な学生であった。そしてケイトリン・シェーファーは必ずトップに君臨するほどの天才だった。


 僕が試験で高得点をとればケイトリンは必ず満点を取り、僕が徹夜で論文を書けば彼女は朝食をとりながら論文を書き、それは学術誌にもすぐに掲載された。


 ちなみに、僕の論文が雑誌に掲載されて日の目を浴びることはなかった。


 そして二年生の夏――僕らはロースクールの三階にある小教室に集まり、模擬裁判をした。

 結果は惨敗。自慢じゃないが、初めての敗北だった。


 今でもあのときの光景をありありと思い出すことができる。

 裁判が終わり、陪審員たちの投票用紙が一枚ずつめくられていくあの光景。

 ロースクールの生徒から選ばれた陪審員の中には僕の友人も何人かいたにも関わらず、誰も僕に投票はしなかった。


 もちろん、厳正な裁判において不正は許されず、彼らの判断は至極当然のものであるのだが、それでも僕に投票した人が誰もいないということに当時はショックを覚えた。


 それ以来、彼女は僕にとって天敵になった。


 ケイトリン・シェーファーは検事志望であったため、本来であれば民事訴訟に参加する必要はないはずなのに、彼女はどういうわけか離婚の模擬裁判にまでわざわざ参加してきて僕の前に立ちふさがった。


 一度、どうして関係ない模擬裁判にまで参加するのか質問をしたことがある。そのとき彼女は鳶色の瞳で僕を見据えながらこう答えた。


「ダニエルくんって、負け顔が笑えるんだよね。見てて飽きない」


 聞いて損した気分だった。そしてそれ以来、絶対にこの女を負かしてやると意気込むようになったのだが、ロースクールを卒業するまで一度も勝てなかった。


 そして彼女との勝負(全敗なのだが)は司法修習生になってからも続いた。


 もっとも、さすがにこの頃になると学生の頃と違い、弁護士になるためにやらなければいけないことが増えたのでそう頻繁に彼女と論争を繰り返すことはなかった。


 そしてそれは彼女も同様で、司法修習が終了する頃にはほとんど顔をあわせることもなかった。


 正直なことを言えば、終了日にはこれでやっと彼女から解放されるので晴れやかな気分だった。


 彼女は検事。僕は弁護士。お互い違う立場であり、今後お互いに顔を見合わせることはまずないだろう。


 そう思っていた。今このとき、再び彼女と出会うまでは。


「ひ、久しぶりだな、ケイト」


 僕はできるだけ平静を装って、学生の頃と同じように呼んだ。


 ケイトは僕の前で仁王立ちになり、腰に手をあてて、やけに憂いのある表情をする。黒いロングヘアを後ろに束ねている彼女のスーツ姿は妙に様になっていた。


「本当に久しぶりよね、ダニエルくん。それで?ムショの暮らしはどうだった?」

「人を勝手に囚人にするな。僕は前科なしだ」


「あら?そうだったかしら?」

「そうだよ」


「だってダニエルくん、いろいろ悪い噂が絶えないわよ。今日もさっき労働基準監督署の友人から君に関する話を聞いたとこよ」

「はあ?僕は何もしてないぞ」


「はい、嘘発見!ダメだよ、そんなに簡単な嘘ついたら」

「う、嘘なんかついてないよ」


「でもダニエルくん、従業員の給料払っていないんでしょ?いいのかしら、そんなことして。検事局の特権でダニエルくんの事務所、家宅捜索しちゃおっかな?いろいろ余罪がでてきそうだね」(`・ω´・)

「絶対にやめろ。あと給料なら今朝振り込んだ。だから問題ない」ヽ(´Д`;)ノ


「うーん、でも私、悪人に正義の鉄槌を下したいがために検事やってるところあるから、目の前の悪は懲らしめてやりたいのよねえ」


 背筋に嫌な汗が伝った。

 もちろん、僕は今まで一度も犯罪をおかしたことはない。違法行為もしていないし、しようと思ったこともない。

 だから、家宅捜索なんてされても別に困ることはない。問題は、家宅捜索された後の話だ。


 この世界は信用がすべてだ。クライアントから信頼される弁護士になることが成功するための第一条件だ。

 

 確かに僕はまだまだ駆け出しの新米弁護士で、人脈らしい人脈も皆無なのだが、小さな仕事をコツコツとこなすことで徐々に弁護士としての実績ができ始めているところだ。


 そのようなときに家宅捜索なんてされたらすべて台無しだ。一体どこの世界に検事にマークされている弁護士に依頼をするクライアントがいる?


 一度信用を失ったら、この世界でやり直すことは難しい。


 本当にこの女は厄介だ。僕があれこれ思案していると、唐突にケイトはぷぷぷっと吹き出した。


 そして彼女は面白そうなものでも見るような目で僕を笑う。


「そうそう。その顔が見たかったんだ」


 大人になればたいていの人間は性格が変わるものだ。それが立派な職業なら尚更だ。だが、どうやらケイトリン・シェーファーという女にそのような法則はあてはまらないらしい。彼女の成長は学生の頃からぴたりと止まっているようだった。


 ロースクール時代と同じような口調で彼女は続ける。


「相変わらず、笑える負け顔してる。その顔が見れて私、すっごく嬉しいよ、ダニエルくん」

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