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面会(17)

 翌朝。快晴。気分はまあまあ。


 僕はいつもより早めに朝食を済ませるとまず初めに銀行にいった。


 これ以上あのバックラーに弱みを握られるのが嫌だったので、給料を振り込むことにしたからだ。


 そのおかげで、口座の残高に底が見え始めた。


 ……大丈夫。国選弁護は依頼さえ受ければ5万Gゴールドははいる。1日あたり3万Gゴールドだから、どんなに有罪が固い被告でも理屈をつけにつけ、重箱の隅をつつくように粗を探し、ごねにごねて裁判を1週間延長させることに成功すれば21万Gゴールド。

 さらに、勝訴すれば10万Gゴールドだから……


 僕は銀行のATMの前で一瞬考え込む。


 そして脇に抱えるバッグを見て、思う。


 この事件、本当に有罪が確定なのだろうか?


 もしも、本当にもしもだけど、わずかでも勝訴することができる余地があるのなら?

 

 正直な話、100パーセント負けると思っている。状況次第では一切の抗弁もできないかもしれない。

 だが、もしもまだ発覚していない事実が裁判中に提起され、それがキッカケですべてひっくり返ったら?


 勝訴すれば10万Gゴールド。


 ……合計で46万Gゴールドか。いや、一週間どころか十日、一ヶ月続けばもっともらえるかもしれない。


 …………なに考えてんだ僕は。


 この裁判は有罪確定の無罪要素皆無な出来レースだ。僕に勝つ見込みなんてない。


 早ければ一日で終了だ。だからきっと、もらえる金額は10万にも満たない泡銭だろう。


 そうさ。弁護士といったって稼げる人種はひと握りだ。こんなところでモタモタしている場合ではない。とにかくこんな金にならない仕事はさっさと終わらせて、早く本来の仕事に戻ろう。


 僕はもっと稼げる仕事がしたいんだ。



 昨夜、図書館から帰った後、資料を何度も読み返した。もしかしたらと淡い期待をもって、この資料のどこかに少女を弁護できるだけの要素があるかもしれないと、ページの隅々まで見てみた。


 その結果、本当に、よくできている事件だと思った。


 証拠、証言、そして自供。


 なんでも揃っているじゃないか。加えるなら、犯人は人殺しをしておいてまったく反省していないらしい。


 ……ダメだこいつ。唯一救いようがあるのは未成年で初犯だったということだろう。


 もっとも、この国の少年法は12歳までだから18歳だからといって減刑の根拠にはならないか。


「どうしたもんか」


 今日の面会で何か新しい事実でもでない限り、裁判の結果は目に見えている。

 そのようなことを考えているといつの間にか地方裁判所の壮大な正門前に到着していた。


 馴染みのある場所なので特に意識していなくても自然と足が動いていたのだ。


 地方裁判所の正門には警備員が二人いた。その人たちに軽く会釈をしてから門を抜け、玄関ホールへと足を踏み入れる。


 白く輝く大理石の玄関ホールをまっすぐ進むとそこに受付所がある。そこで今回の裁判の弁護を引き受けるための申請書を提出する。


 本来であればナターシャ・ホルスタインが弁護をする予定であった事件のため、受付のデータベースには法定弁護士の名前がナターシャで登録されていた。

 このままだと僕が弁護できないので、ナターシャからの紹介状を事務員に提出した。


 事務員は年配の男性で、神経質そうな顔をしながら、「時間がかかりますのでしばらくお待ちください」といい、番号札を渡した。


 この事務員は紹介状をもって奥へと行く。おそらく法テラスに電話連絡をして、本当に弁護士が変更になったのかどうか確認しているのだろう。


 ときどき抜けているところもあるが、ナターシャ所長の仕事に対する姿勢は誰よりも尊敬できる。

 法テラスへの連絡は既にいっているだろうから、あとはあの事務員の確認作業を待つだけだった。


 時間がかかるだろうから自動販売機で缶コーヒーを買うとちょうど窓から日が差し込んでいる革張りのソファを見つけたので、そこに腰を下ろした。


 年季がはいっているのか、腰を下ろした瞬間にギシギシと壊れてしまいそうな音がしたが、座り心地はまあまあよかった。


 なんだか急に力が抜けてしまった。昨日、事務所で事件の経緯を聞いて以来、妙に緊張していたからだ。


 そういえば、刑事事件を担当するのはいつぶりだろう?


 ナターシャ所長の事務所で働いていたときはよく手伝いをしていた。いつも所長の後ろをついて回って事件の資料を探し、調査をして、裁判も一緒に戦った。


 だが、直接事件を引き受けたことはなかった。


 だから、もしかしたらこれが初めての裁判かもしれない。


「模擬裁判なら何度もあるんだけどな」


 ロースクールに通っていた頃と司法修習生の頃。よく他の連中を相手に模擬裁判をしていた。


 そのときは実際の事件から仮想の事件まで、様々な事件の模擬裁判をし、そのほとんどに僕は勝利した。


 だが、たった一人だけ一度も勝てなかった相手がいた。


 ロースクールの頃から司法修習生の頃まで何百回も模擬裁判をしたにも関わらず、ただの一度として勝つことができなかったアイツはいつも僕の一歩前を歩んでいた。


 アイツがくると、いつもハイヒールの音がするのだ。


 コツ、コツ、コツ……そうそう、こんな具合に――っん?


「あれれれれぇ?そこにいるのはもしかして、ダニエル・ロックハートくんじゃない?」


 一瞬、背筋に悪寒が走った。


「あっはー!?やっぱりだ!ダニエルくんじゃない!久しぶりだね!なんでここにいるの!あ、わかった!遂にセクハラで訴えられたのね!私、前々からダニエルくんの顔ってイヤラシイって思ってたのよ!!この歩く性犯罪者がっ!」


 この人のことを馬鹿にしたような口調は、ロースクール時代に何度も聞いたことがあった。

 

 その女の声は明瞭でよく響き、裁判所のホールのどこにいても聞こえそうなほど馬鹿でかかった。

 それにつられるようにしてコツコツとハイヒールの音がますます僕の方に近づいてくる。


 思わず腰を上げてしまった。それと同じタイミングで、ハイヒールの音が止む。彼女はじっくりと僕を下から上まで見て、やがて言う。「あれ、身長縮んだ?」


 縮んだんじゃない。お前のハイヒールがまた高くなったのだ、と突っ込みたかった。

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