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面会(13)

 テーブルの上に白いティーカップが二つ並ぶ。しなやかな手つきでナターシャ所長がポットを傾けると、茶色の液体がどぼどぼとカップに注がれていた。


 僕はそれをハラハラと見つめていた。ナターシャ所長はいい年をして割とドジな性格だからだ。このティーカップも恐らく最近購入したばかりのものだろう。


 僕がこの事務所で働いていたとき、陶器類のものを破壊するのがこの人の癖だった。あまりにも頻繁に壊すので落としても壊れない木製の食器類を購入しておいたのだが、どうやらそれも天性のドジが原因でなくしてしまったのかもしれない。


「所長」

「なに?」


 僕は真剣な眼差しでカップぎりぎりまで液体を注ぐ所長に冷たい視線を送った。「遊ばないでください」


「私は、常に真剣だよ」


 そういうの要らない。


 カップから液体が溢れ出るか出ないかのところで僕は所長からポットを奪い取り、それをもう一つのカップに注いだ。


「ああッ、まだいけるのに」

「何が?何もいけてないから」


 むむと小さく唸り声をあげる所長を無視して僕はカップを口に近づけて、一口すする。そして呟く。「まずい」


「なんですか、これ?」

「ん?さあ?3か月前に伯父が送ってきた得体の知れない何かだから。実はまだよく知らないの」

「なんで知らないものを出すんですかッ!」

「だって、昔伯父が送ってきたものを食べたら食中毒を起こしたんだもん。もうあんな思いはごめんだよ。私が飲む前に誰かに毒味をして欲しかった……」

「あんた何言ってんのッ!っていうか毒ッ!毒なのこれッ!」

「だから、知らないってば。それを調べたいから毒味してるんでしょ?」

「なるほど、確かにその通りだ!って言うとでも思ってんのかコラッ!」

「うぅ、昔のダンくんなら笑って許してくれたのに。独立してからちょっと性格きつくなったんじゃないの?」

「あんたは天然に拍車がかかりましたね」


 お互いに嫌味を言い合って数分経過すると、突如腹が痛くなった僕はその後一時間トイレにこもった。



 そして今、テーブルには水道水が並々と注がれたグラスが二つ置いてあるだけだった。


 閑話休題。僕は先ほどの食中毒事件をトイレと一緒に水に流した。本当は今もかなりイラついているが、今日は仕事の話しをするために来たのだ。


 僕は先ほどの話しの要点をまとめてみることにした。


「要するに、警察がクラウディア・ラインラントを逮捕に至った根拠は二つ。彼女以外に剣を使用することができる人物がいなかった。そしてその剣は魔王以外の生物を殺せなかったから。ということでいいですか?」

「うむ。理解が早くて結構じゃよ」

「うるせえ。今、イライラしてるんだ。次変なこと言ったらぶっ飛ばす」


 僕はできるだけドスのきいた声で言ったつもりだったが、ナターシャ所長は、「えー、なんでよ!可愛いのに。ぷんぷん」とまたうざいことをやったので、効果はないようだ。


 僕は嘆息した。そして自分を諌める。――落ち着け。この人は他人の反応を見て楽しんでいるだけなのだ。


「でも、それって変じゃないですか?」

「そうかな?私は何をやっても可愛いと思うけど……」

「あんたの話じゃねえよ。だから、クラウディア・ラインラントの言葉を全て信用するなら、彼女が生涯で殺害できるのは魔王だけになる。魔王は滅んだんでしょ?」

「それは、魔王をどう定義するかによるかな?」


 ナターシャ所長は水を一杯飲む。資産家の令嬢でも水道水を飲むのかと意外な一面を発見した。


「魔王といってもある日突然現れたわけではない。その家族や親戚もいたわけだし、世界には魔王の血族、つまり子孫もいる」

「つまり、ブルートガングは魔王と、それに近しいものを殺害する剣ということですか?」

「その可能性は高いよね。実際、魔王なんていうのはただの称号だよ。じゃあもし、今この世界に新しい魔王が誕生したら、聖剣はその魔王も殺害することができるのかって話しになる」


 僕は思った。魔王ってそもそもなんだっけ?


「魔王とは、辞書的な意味で言うなら魔性のものたちの王ということになるわ」


 ナターシャは続ける。「他にも、類まれな才能や才覚の持ち主や、暴力や権力を乱用して他者を虐げるものも魔王に分類される。50年前に討たれた魔王は、常人離れしたカリスマ性を持って悪の軍勢を率い、世界の国々を侵略していたそうよ」


 それはそれはずいぶんな悪党ですな、と僕は心の片隅で思った。


「魔王の定義が随分曖昧で抽象的なことはよくわかりました。つまり警察はブルートガングを50年前の10年戦争で討たれた魔王個人ではなく、幅広い意味での魔王を殺害できると考えている、ということですか?」

「そうみたいね」

「でも、それだとどうやって人間を魔王か否か識別するんですか?僕から見たらナターシャ所長も十分魔王ですが、他の人から見たらただの変な女でしょ」

「そうなのよ。それが問題なの。これだけの美貌と魅惑的なボディの持ち主なのに、どうして私はいつも他の人から変人扱いされるの?心外だわ」


 僕は意外に思った。――この人、自分のことを変人だと自覚していたのか。


「って、どこに食いついてんですか?そこじゃないでしょ、争点は。だから、どうやって聖剣はこれから斬る相手を魔王か否か判断するんですか?」

「それについては、被疑者が言っていたわ。この剣は、血を嗅ぎ分けるそうなの」

「血ですか?」


 ナターシャ所長は続ける。「そう。ブルートガングは何も斬れない。たとえ刃先が触れても、まるで何も存在していないかのように通過してしまう。ただし、その刃はただ意味もなく身体を通り抜けているわけではないの」


「ブルートガングは魔王の血の味を覚えている。その血の味と同じ人を斬るの。だから、魔王本人とその家族、子孫も斬ることができると警察は考えている」

「じゃあ、今回の事件の被害者は」

 僕は続けて言う――「魔王の子孫だったんですね」


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