面会(12)
「……理屈が矛盾してません?」
僕はとりあえず突っ込みを入れることにした。
「10年戦争で魔王は勇者によって倒された。そして聖剣のブルートガングは魔王しか殺せない特殊な剣であった。これがいわゆるこの世界の歴史的な事実ですよね?」
「そうだね。目撃談もあるし、証拠もあるから。その事実は揺らぎそうにないね」
「一方で、11月に起きた殺人事件の犯人として、警察は勇者の子孫を自称する少女を逮捕した。その根拠が、聖剣を持っていたから。これがまずおかしい。魔王しか殺せないのなら、それは無理でしょ。もう死んでる。50年も昔に」
「それはダンくんの理屈。警察、というより検察はそう判断しなかったみたいだね。科捜研の調査で、ブルートガングが人間以外の生き物を殺害できないことが実証されたわ」
「どうやって検証したんですか?」
「もちろん、実験用のマウスを試し切りにしてだよ。動物愛護団体が怒りそうだわ」
ナターシャ所長はやけに憂いのあるため息をつく。「私、ああいう人たちって苦手」
「それで、実験結果は?」
「うん。それが見事に、斬れなかった。剣先が触れるか触れないかのところでね、剣がマウスをすり抜けてしまった。結構見ごたえのある場面だったよ」
「どういう仕組みなんですか?」
「さあ。魔法は奥が深いからね。まだまだ未知の領域」
とにかく、聖剣で生物を殺せないことはわかった。ただ、疑問点もある。
「生物は殺せないことがわかりましたが、人の実験では?」
「お、鋭いね。さっすが私の一番弟子ッ!」
よしよしとナターシャ所長が僕の頭を撫でようとしてきたので、手で払った。
「ひ、ひどい」
「うざいです。それで、人体実験はしたんですか?」
「しないよ。仮にもこの国の司法機関が人体実験を容認できると思う?」
「それもそうですね」
だが、それではますます逮捕に至る根拠にはなりえないのでは?確かに生物を殺害できない剣とは珍しいモノだが、殺せない剣では人は殺せないだろ?魔王を殺せるといってもそれは伝説のお話し。社会では確証がなければ信用してもらえない。
僕が思案していると、ナターシャ所長は言う。「魔法解析って知ってる?」
「初耳です」
「最近、魔導心理研究所で始まった新しい調査手法の一つなの。いわゆるDNA調査の魔法版ってところかしら?」
「へえ、それは知りませんでした」
少なくとも、僕がこの事務所で働いていた頃にはそのような単語はなかった。
この世界には魔法を使える人種とそうでない人種が存在する。世界の人口比率で言えば、わずか10パーセントに満たない人種が魔法と呼ばれる力を持っている。
魔法を使える人種は魔法使い、もしくは魔女と呼ばれていて、大昔にはこのような人たちが世界中に多くいたそうな。
それを裏付けるように、世界中の遺跡から魔法を使用した痕跡や、魔力を備え持つ武器や道具が見つかっている。
魔法使いの中にはごく稀に、魔法武器と呼ばれる特殊な能力のある武器を精製することができる人たちがいる。そのような人たちが作る武器は希少価値が高く、高値で取引がされる。
もちろん、それを使用して人を傷つけることもよくある。
剣や銃であれば誰が使用したのか、現場の痕跡からある程度判断することができる。しかし、魔法武器の厄介な点はそのような痕跡がまったく残らないところにある。
銃ならば、撃てば火薬の臭いが現場に残るし、弾丸さえ残っていれば線条痕から実際に使用した拳銃はどれか特定も可能だ。
剣を使用したのならば、人の肉を斬ったときに剣の破片が体内に残ることがある。人間の身体は意外と硬いので刃の欠片が残ることも多く、刺殺事件の場合はこのような凶器の破片が事件解決のヒントになる。
だが、魔法武器にはそのような痕跡が望めない。普通の武器と比べて犯罪の立証が難しいのが魔法武器の厄介な点で、それを利用して犯罪に手を染める輩も多い。
「DNA鑑定みたいというのは具体的にどういうことですか?」
「DNA型鑑定が人の遺伝子パターンを識別するための手法なら、魔法解析は使用した魔法のパターンを解析する手法のこと。魔法使いや魔法道具から発せられる魔法には個性があるそうよ」
「血液型みたいにですか?」
「それよりももっと精確にね。魔法解析が実際の事件に用いられ始めたのは今から3年ほど前。バラス市連続殺人事件の犯人を特定するのに、初めて魔法解析が捜査に導入された」
「あの事件ですか。犯人は確か自殺したって聞いてましたけど?」
3年前。人口3000人にも満たないバラス市郊外で若い女性が殺された。ニュースや新聞でやけにセンセーショナルに取り上げられた事件だ。
僕の記憶では、事件が報道された後、比較的早い段階で犯人は逮捕された気がした。
「自殺した人は犯人ではなかったの。一人目の被害者と交際していた男性が当時、第一容疑者として捜査線上に浮上してね。アリバイもないし、遺体が発見された現場には容疑者の指紋があったから、それで警察は逮捕したのだけれど、すぐに釈放された。第二の殺人が起きたから」
「それは初耳ですね」
「報道機関には箝口令が途中からしかれたからね。ただ、一部の雑誌は最後まで最初に逮捕した容疑者が本当の犯人みたいな書き方をしていたけど」
3年前だからこの事務所で働く前のことか。
箝口令がしかれていた割には随分詳しいこの所長の話しぶりから、もしかしたら事件に関わっていたのではないのかとつい勘ぐっていた。
「私はね、憶測ってあんまり好きじゃないの。メディアスクラムの問題とかはその筋の専門家が考えればいいんだけど、やっぱり私は好きになれない」
やっぱり、関わっているのかもしれない。ただあまり話したくないようなので、そこには触れないことにした。
「釈放された後、第一容疑者にされた男性は自殺してしまったわ。……捜査はね。振り出しに戻ったの。現場に凶器はなかったし、容疑者と被害者以外の指紋も発見されなかった。捜査は難航したの。そこで、当時学会で注目されていた新しい手法として魔法解析を導入することにしたの」
ナターシャ所長は言う。「魔法は残留するの」
「魔研の職員が特殊な液体を霧状にして現場に吹き付けるとね、そこに魔法の痕跡を見つけることができた。あとはそれを採取して魔法のパターンを解析するだけだった。魔法解析からわかることは、その魔法が人が使用したのか、それとも道具が使用したのか、そして型を比較することで一致するものとそうでないものを区別することができる」
「それは、すごいですね」
「魔法解析のデータを参考に再調査した結果、容疑者が一人だけ捜査線上に浮上した。その容疑者の家宅を捜索した結果、同じ魔法パターンを出す魔法武器が発見されたの。犯人は、逮捕されたわ」
ナターシャ所長は一息つき、「長くなったわね。お茶でも飲む?」と言い、僕は「お願いします」と言った。