表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/119

面会(11)

「呼びません」


 僕はきっぱりと断る。


「僕はこの呪いをわりと気に入っていますから。だいたい、誰彼かまわず呼び捨てにしてたらプライベートはいいかもしれませんが、仕事には差し障りがあるじゃないですか」

「そうかしら?私も兄も誰彼かまわず呼び捨てにしているけれど、困ったことはないよ」

「それは二人がお金持ちの特権階級にいるからですよ」

「そうなの?私、特権なんて持っていたかしら?」


 嫌味を言ったつもりだったのだが、この人は眉根を寄せて真剣に考え始めていた。どうやら嫌味とは捉えていないらしい。


 僕はため息をつく。


「特権階級ですよ。できればそのポジションに行きたいぐらいです」

「ダンくん。特権階級に行く方法を一つ教えてあげましょうか?」

「なんですか?」

「呪いを解いてしまえばいいのよ。人間に価値なんてないと思えばいい。そうすればほら、みんな平等になる。私もダンくんも同じ、特別な価値を持つ人間だよ」

「それは……」


 僕は一瞬思考を巡らせてから、馬鹿馬鹿しいと思った。


「呪いってものがどうして必要なのかわかりましたよ。これがないと人間が動物になってしまう」

「そうね。人間が社会を形成し続ける限り、呪いは無くならないわ。特別な才能や特殊な能力がなくても、契約という呪いをつかえば上司は部下に命令できるし、年上を尊敬しろと呪いをかけるだけで生徒は教師に服従する。親に感謝しなければならないと呪いをかけられた子供は一生その親に感謝して生きるのよ」

「そういう言い方をすると、まるで子供が親の奴隷みたいですね」

「ああ、そういえばダン君は、親がいなかったんだっけ?」

「言いにくいことをグサリと言いますね」


 もっとも、僕もこの所長にはいつも言いにくいことを言っているのだからお互い様か。


「この被疑者にはね、親がいたらしいよ。そしてその親というのは、かつて魔王を滅ぼした勇者、ローラン・ラインラントの子孫、らしいの」

「らしいって、確証はないんですか?」


 というか、勇者って何?と質問したかったが、それは後回しにすることにした。

 犯罪をする奴の中にはたまに自分を神の使者だと呼ぶ奴がいたり、悪魔に取り憑かれたと言う輩がいる。


 確かに天使や悪魔の存在は確認されている。ただし、神を見たことがある人間はおらず、ほとんどが書物の上で語られる存在だ。


 もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれない。ただ確実にわかっていることは、犯罪者がこの言葉を口にするとき、ほとんどが心神喪失を根拠にした無罪判決を狙っているということだ。


 もちろん、責任能力のない者に責任を求めることはできない。自分の意思とは関係なく脅迫されたり強要されて罪を犯す人もいる。そういった人は弁護するべきだし、そのような人たちにまで責任を求めるのは酷というものだ。

 だがその一方で、弁護士の中にはそれを利用して無罪判決を勝ち取るといった戦術をとる人もいる。


 プロがプロとして無罪判決を勝ち取るために有効な戦術をとることは別におかしいことではないし、弁護士になる前からそんなことはわかっていた。


 しかし、いざ現場でそのようなやり取りを見ていると、嫌気も感じた。


 そういった醜いやり取りの積み重ねが、いつの間にか刑事事件を嫌うこの性格を作ってしまったのかもしれない。


「10年戦争の英雄であるローラン・ラインラントは今世紀最大の謎の人物でもあるの。知ってる?」

「その手の話は苦手で……魔王を倒したことは知っています。でも、その後のことはあまり」

「そう。実はそれが最大の謎なの。勇者ローランは魔王を倒した後、そのまま姿を消してしまったの」


 ナターシャ所長はクイッと黒縁メガネをあげて、続ける。「誰も彼を見ていない」


「誰もって、誰も?」

「そう、誰も。息子が一人いたらしいのだけれど、家族ともども消えてしまった。それ以来、自称勇者の子孫を名乗る輩が世界中で現れ始めたの」

「世界中で、ですか?もしもそれが真実なら、勇者ってのは好色なんですね」

「もちろんそのほとんどは嘘。デタラメ。勇者の子孫を騙る詐欺、かしら」

「では、この被疑者も?」


 僕は写真を指差して言う。「クラウディア・ラインラントもその一人だと?」

「それは今検証しているところ。でもね、ほらこの国って先の十年戦争に参加しなかったでしょ?だから勇者に関する資料ってまったくないの」

「遺伝子検査とかは?」

「科捜研が調べてるところ。でもきっと無理でしょうね。勇者のDNAサンプルなんてどこにもないもの。ただし、勇者ローランの生まれ故郷であるオースティンの村に、彼の写真があったわ。そこにね、聖剣ブルートガングが写っていたわ」

「同じ形でした?」

「これがなんともね。確かに似ているけれど、写真が古くてぼやけているから確信できない。それにこの写真は現地では有名でね、それに似せた模造品が山のように作られているから。似たような剣ならば簡単に手に入るの」


 そこでナターシャ所長は前のめりになり、言う。「ただし、この剣が本物である証拠はあった」


「写真には剣に関する詳しい記述があったの。いつどこで精霊の加護を受けたのかといった聖剣に関する伝承と、その能力についても書かれていたの」

「能力?呪いとは違うんですか?」

「もちろん違う。そしてこれこそが、警察がクラウディア・ラインラントを殺人犯の容疑者として逮捕にいたった、もっとも有力な証拠」


 僕はじっと次の言葉を待った。ナターシャは口を開く。


「ブルートガングは剣としてはまがい物であった。この剣はね、生物を切ることができないの。魔王本人を除いてね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ