真相(2)
「10日の晩。ハル・アンダーソンは被告に襲われ、屋上より転落しました。しかしハル・アンダーソンは庭園には落ちず、その屋上の下のフロアにあるベランダに落下した。弁護側はそのように主張します」
――異議はありますか検事さん?と僕は付け加えた。
シェーファー検事はただ口元ににやりと笑みを浮かべるだけで、「異議はありません」と端的に応えた。
「ちょっと待てよ。大有りだろッ!」
今まで余裕綽々といった様子であった魔王が動揺している。迫力のある形相で女検事を恫喝するが、シェーファー検事は鼻で笑うような仕草をしてただ一言、「お黙り」とだけ口にした。
「私は別にどっちでもいいのよ。犯人が捕まって裁かれて、最大限の苦しみをもって刑に服してさえくれれば、他はどうでもいい。別にあんたのために被告を追い詰めてるわけじゃないのよ。私は法律が絶対に正しいって信じているけど、私自身が絶対に正しいとは思ってないから。間違ってるってことがわかれば、潔く身を引くわよ」
「な、なんだそれはッ!」
今にも何か物に八つ当たりしそうな雰囲気だった。だが、既に証言台は破壊されていて、他に壊すものはない。魔王はただ女検事にこの上ない悪意のこもった視線を送るだけだった。
「おほんッ。えー、では弁護人。先を続けてもらえますかな?」
裁判長が先を促す。どうやら魔王とはあまり関わりあいたくないようだ。
「あ、えと、はい。では次に、一体誰が庭園に落下したのかについて説明します」
なんだか異様な光景だった。
当初、裁判所にいる人間は全員僕達の……いや、クラウディアの敵として君臨していた。それが今やどうだろう。全員が一致団結してクラウディアを悪人に仕立てようとしていたのに、状況がだんだん逆転し始めている。
……勝てる、のだろうか?
淡い期待を抱き始めていた。そんな浮ついた心を戒めて、僕は先を続ける。
「10日、ハル・アンダーソンは死ななかった。では監視カメラの映像に映っていた庭園に落ちた人物は一体誰だったのか?それは当然、もう一人の警備員のアンドレ・マクハーシュです」
――アンドレ・マクハーシュこそがこの事件の被害者なのです、と僕は主張した。
「10日の晩、被告の一撃をなんとか交わしたハル・アンダーソンはその翌日、いえもしかしたらその日のうちにアンドレ・マクハーシュを殺害した可能性があります」
「ほう、それはどうして?」
裁判長は興味ありげに瞠目している。
「それは……アンドレ・マクハーシュ自身も魔王だったからです。ここからは推測ですが、アンドレ・マクハーシュとハル・アンダーソンはもともと勇者を殺害するという計画をたてていたはずです。しかし、それは表向きの計画であって、アンドレ・マクハーシュには別の目的があったはずだ。それが魔王殺害計画です」
――アンドレ・マクハーシュはもう一人の魔王を殺害したかった、と僕は言う。
「おそらく、被告の家に封筒を送ったのはアンドレ・マクハーシュのはずです。そしてその内容を書いたもの彼本人だ。アンドレは封筒には被告が10日にくるように指示をし、そしてハル・アンダーソンには11日に勇者を殺害しようと提案したはずです」
「それはなかなか、小賢しい犯罪計画ね」
シェーファー検事がせせら笑う。
「そうですね。おそらくアンドレ・マクハーシュの計画では、今日は来ないだろうと油断している魔王を勇者が不意打ちして殺害する、そうなる予定だったはずだ。だが、実際にはそうならなかった。魔王は間一髪のところで一命を取り留め、階下に逃げることに成功した。一方で、被告自身も一撃で魔王を仕留めたと勘違いしてその場を去ってしまった。アンドレ自身の計画では、10日はアリバイ作りをするために現場を離れているはずでしたが、事件が終わった頃合いを見計らって現場へ向かった可能性は高いです。なにせ計画が成功しているかどうかを見極める必要がありますからね。ですから、被告が魔王を襲った時間帯からそれほど間をおかずにアンドレ・マクハーシュは現場へ辿り着いたはずです」
「なるほど、そこで出会っちゃったのね。死んだはずのもう一人の自分に」
シェーファー検事はやけに楽しそうに僕の結論の先を述べる。なんだか美味しいところをもっていかれたような気がして釈然としない。
「ええ、まあ、そうでしょうね。アンドレとしては既にハルが死んでいると思っていたわけですから、油断していたのでしょう。そこを、まだ生きていたハル・アンダーソンに返り討ちにあった」
僕はそこまで主張してから裁判長に言う。
「これが弁護側の主張です。被害者は真犯人に殺害された後、11日の午後9時頃、10日に被告に襲われたのと同時刻にホテルのベランダから庭園に落とされました。なぜそんなことをしたのか、答えは簡単です。監視カメラの日付を偽装するためだ。11月の12日の早朝、警察は通報を受けて現場に急行、その日のうちに監視カメラの映像は回収した」
――だが、ここに一つ問題点があると僕は言う。
「ホテルの監視カメラの映像を回収するためには警備室にあるエレベーターに乗り、三階のモニタリングルームに行かなければならない。3階に行けるのはその日シフトが組まれていた警備員だけだ。たとえ同じ警備員であってもシフトが違えば入室できません。たとえそれが双子であっても同様です。生体認証システムの虹彩認証がある限りあそこは部外者を誰一人通さない。つまり、事件のあった当日にモニタリングルームに入室できた人間が――真犯人だ」
僕は一切の迷いもなく、魔王を睨んで断言する。
「お前がこの事件の真犯人だ」
僕は真犯人を告発した。しかし、誰もそれを聞いて驚きはしなかった。
いつの間にか、この法廷にいる人間の誰もが真犯人はこいつではないのかと疑っていたようだ。ただ僕は、その事実を証明したに過ぎなかった。